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紅い月が叫ぶ夜に  作者: 久遠夏目
第一章 紅い月が叫ぶ夜に
5/58

05

 今宵も疼く殺人衝動に従い、ぼくは人を殺す。

 今日の人形は少し気の強そうな女の人。最初は警戒の色を示していたものの、巧みな話術を使えばすぐに落ちた。しかし、いざナイフを取り出せば、当たり前だがかなりの抵抗を見せる。

 だけど、そんなことはぼくには関係ない。ぼくは無遠慮に人形の内臓を抉った。そして、胃、小腸、大腸、その他を腹の中でかき回し、とどめを刺す。

 最後に、あふれ出た血を口紅代わりにして、人形の唇に塗ってやった。死化粧、といったところだろうか。

 快楽を堪能したぼくはニィ、と自然に嗤っていた。


「――あ!」

 自宅のマンションの前に着き、自動ドアに向かおうとすると、後ろから聞き覚えのある声がした。振り返れば、予想通りの人物――死にたがりやの彼が、停まっていた車の助手席から降りてきた。

「奇遇だね。ボクも今終わったところなんだ」

「そう」

「あっ、紹介するね。彼はボクの同僚。同い年なんだけど、ボクの部下なんだよねー?」

 にこりと営業用スマイルを見せて、彼は運転席に座っていた男性を紹介した。窓を開けて腕を出していたその人物は上目遣いでこちらを見て、軽く会釈をする。

「どうも。こいつの同僚で部下です。ていうかお前がその年齢で警視っていうのがおかしいんだろ? 俺は今年採用されたんだから、これが普通だ」

「あはは、天才でごめんね」

「うぜえ……」

 ぼくは二人の会話を少し不思議に思いながら聞いていた。上司と部下とは言っているが、同い年ということもあってか、とても仲が良さそうに見える。こんな友人、もしくは仲間がいるのに、どうして彼は死にたいなどと思うのだろうか。

「――ところで、そちらさんは?」

 その声でぼくははっと我に返った。そういえば、ぼくの紹介はまだだった。この男、ぼくを何と紹介するのだろうか――

「ああ、ボクを殺してくれる人」

「はあ?」

 彼が予想外のことをあまりにもあっさりと言ったので、ぼくはとっさにポケットに手を入れてナイフを握った。もしここでぼくが快楽殺人者だとバラすようなら、二人ともここで殺す。

 だが、次に同僚の男性の口から出てきた言葉は、またしても予想外のものだった。

「まったく、お前、またそんなこと言ってんのかよ」

 ――は?

「すいませんね。こいつ、いっつも死にたいとか、ボクを殺してとか言ってるんですよ。ったく、富と名誉を持ってるヤツが何言ってるんだか」

「ええー? ボクはいつも本気だよ?」

「アホか。だったらさっさと自分で死ね。ああ、遺産と地位は俺に譲ってくれてもいいぞ」

「あはは、遠慮しておくよ」

 同僚の男性は、彼の言ったことをまったく信じていないようだった。さらに言うなら、彼が死にたいと思っていることもウソだと思っているらしい。

「で? 本当は誰なんだよ?」

「ああ、彼はボクの幼なじみでね。同じマンションに住んでるんだ」

 笑顔でさらりとウソをつく彼。何とも自然で疑いの余地もない演技だ。しかし、ぼくらはいつから幼なじみになったんだ? 同じマンションどころか、同じ部屋じゃないか。しかもそっちが勝手に住みついているだけだ。

「なんだ、そうだったのか。これから会う機会があるかはわからんが、よろしくな」

「ああ、よろしく」

 だいぶ落ち着いてきたぼくはナイフから手を離し、その手で差し出された彼の手を握った。

「じゃあな」

「うん、オヤスミ」

 短いあいさつを交わすと、同僚の彼は車を発進させ、その場をあとにした。その姿が見えなくなると、手をひらひらと振りながらそれを見送っていた彼が、くるりとこちらを振り向く。

「さ、部屋に戻ろうか?」

「君、仕事場でもそんなこと言ってたの?」

「まあね。でも、誰も信じてくれないんだよ」

「まったく、危うく彼を殺すところだったじゃないか」

「別に、そうしてもよかったんだよ?」

 そう言って彼がにこり、と笑った瞬間、ひゅう、とぼくと彼の間を風が吹きぬけた。そして、ぼくの横を通り過ぎ、マンションの中へと向かっていた彼の顔には、どこまでも冷酷な笑みが浮かんでいた。こんなに冷たい彼の笑顔を、ぼくは見たことがない。

 それを見て、どうやらあの彼は友人でも仲間でもなく、ただの同僚――もしくはそれ以下かもしれない――なのだと直感した。それなら、この男が彼に義理立てする必要はないし、殺されても関係ないのだろう。

 この男の意外な一面――いや、『本当のカオ』が垣間見えた気がした。



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