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紅い月が叫ぶ夜に  作者: 久遠夏目
第四章 白い月が還る夜に
47/58

03

「今日もごくろーサマ」


 深夜、誰もいない路地裏の入り口から聞こえた高めの声。こんな時間にこんなところに現れて、そんなことを言う人物なんて、一人しかいない。

 くるりと振り向けば、そこにはいたのは死神の彼、だった。


「君も毎回毎回大変だね。いちいち現れなくてもいいんだよ?」

「酷いなあ、迎えにきてあげてるんじゃないか」

「もとからそこにいた、じゃなくて?」

「さあ?」


 にこり、今日も彼は作り笑いを浮かべる。相変わらず吐き気がしそうなくらい完璧だ。

 先ほど壊した今日の「人形」を置き去りにし、ぼくと彼は家に帰るべく歩き出した。


「君、いつもタイミングを見計らったように現れるけど、ちゃんと死神の仕事してるの?」

「もちろんだよ。死神も結構いるけど、それ以上に死ぬ人間がいるからね。普通に寿命をまっとうして死ぬならいいけど、今みたいにムリヤリ人生を終わらせられる場合もあるし」

「それはその人間の寿命がそこまでだったってことさ」

「うわあ、君ってホントに残酷だね。まあ、そんなところが面白いんだけど」


 嫌味をさらりとかわすと、彼はそんなことを言ってくすくすと笑った。しかし、ぼくは自分のどこが面白いのか、未だによくわからない。まあ、わかる必要もないと思うけれど。


「死神の君に言われたくないよ」

「ええー? ボク、他人にはやさしいでしょ?」

「だから?」

「だから、ボクはその人が死ぬまで待っててあげるんだ。死神の中には君みたいな死神もいるから、そっちのほうが残酷だよ」


 やれやれ、とでも言うように彼は苦笑して肩をすくめ、首を左右に振った。彼が死神のことについて詳しく話すのは、これが初めてだ。「ぼくみたいな死神」とはどういうことだろうか。


「それ、どういう意味?」

「ん? ああ、死神にはね、二種類のタイプがいるんだよ。ボクみたいに『死んだ』人間を迎えにいく死神と、君みたいに――っていうのは語弊があるかもしれないけど、これから『死ぬ』人間を迎えにいく死神がね」

「それ、何が違うんだい?」

「そうだね、これもちょっと誤解を招きそうな言い方になるんだけど、簡単に言うと、死んだ人間を迎えにいくか、生きてる人間を迎えにいくかってことだよ」


 ますます意味がわからない。死神は死ぬ人間を迎えにいくのが仕事なんだから、どちらも同じなんじゃないのか?

 すると、そんなぼくの思考を見透かしたのか、彼はにこっと笑って先を続けた。


「人間はみんな寿命が決まっている。延命治療をしても、それは想定の範囲内であって、とにかく、死ぬときがその人の命の尽きるときなんだ。そして、余命が三ヶ月くらいになると、自分を迎えにくる死神が視えるようになる。――この前の彼女みたいにね」


 この前の彼女――それは、ぼくが三ヶ月ほど前に殺した人間だ。彼は、彼女のことが気に入っていたらしい。だからだろうか、少し言葉に間があったように感じた。彼を見れば、少し哀しそうに微笑んでいる。

 しかし、彼はすぐに表情を変え、またぱっと明るい笑みを浮かべた。


「で、ボクみたいな死神は、その人が最後まで寿命をまっとうして、息を引き取るのを確認してから魂を回収する。これが『死んだ』人間を迎えにいく死神」

「じゃあ、もう一方の死神は?」

「これから『死ぬ』人間を迎えにいく死神はね、生と死の境目で、その人を『殺す』んだ」

「殺す……?」


 死神が人を殺す、とはどういうことだろうか。ある意味その言葉通りかもしれないけれど、二種類のタイプがいるということは、何かが違うのだろう。


「寿命は絶対に変えちゃいけないし、変えることはできない。だから、そういう死神たちは、その人が息を引き取る瞬間に魂を回収するんだよ。その人から生の最期の最後を奪っちゃうんだ。酷いよねえ」

「どうして、そんなことを?」

「さあ? ボクは他人にやさしいからわからないよ。それは、君のほうが理解できるんじゃないかな?」


 にこり、彼は笑う。その笑顔からわかるように、彼は死神になっても生前と何一つ変わっていなかった。死神と聞くと冷酷なイメージがあるが、普通に感情だってある。

 ということはつまり、これから「死ぬ」人間を迎えにいく死神たちは、「楽しいから」そうするのだろうか。そう考えると、確かにその死神たちは「ぼくのような」死神かもしれない。


「きっと死の神様だから、自分で死を操れるような気になってるんだよ。バカバカしい。寿命は変えられないっていう時点で、そんなことムリなのにね」


 吐き捨てるようにそう言って、彼は自嘲気味に笑った。

 ああ、いつかの笑顔が頭をよぎる。彼女は余命三ヶ月だと言っていたのに、その寿命をまっとうせずに死んだ。だけど、それは――


「だからさ、さっき君が言ったことは正しいんだよ」

「え?」

「君に殺される人間は、それまでの寿命だったってこと。交通事故、通り魔、自然災害――それらによる突然死も、死んだ人からすれば理不尽極まりないんだろうけど、死神からすれば当たり前のことなんだ。その人の人生はそこで終わりだって最初から決まってたんだから。……それでも、ボクは――……」


(彼女がもう少し長生きできるようにしようと思って)


 いつか彼はそう言っていたけれど、それはムリだと初めから知っていたのだ。

 それでも、「それでもボクは」――「彼女に生きていてほしかった」だろうか。いや、もしかしたら「君のことが憎い」かもしれない。しかし、それは彼にしかわからないことだ。


「じゃあ、自殺願望の彼のときは何だったんだい? 彼は君のことが視えていたけど死ななかったじゃないか」

「ああ、もしかしたら今ごろ死んでるかもね」

「は……?」

「――っていうのはウソ。彼の場合は簡単だよ。彼は本当に死ぬべき人間じゃなかったんだから。どうしてボクが視えていたのかはわからないけど、たまにあるんだよね、あーゆーの。でも、彼の寿命はまだまだ先。確実に定年は迎えられるよ。もしかしたら百歳くらいまで生きるかもね」


 本日何回目かわからない作り笑いをよこす彼。それが「ホンモノの顔」になりつつあるためか、いきなり真顔になられると、そのウソを信じてしまいそうになるからタチが悪い。


「だから、ボクは彼を生かさなくちゃいけなかった。彼が自殺未遂をくり返していたのも、そのときが寿命じゃなかったんだから、当然だよね。今思うと、ボクも同じことだったのかなあ」


 そうつぶやいて、彼は真っ黒なスーツに隠れた手首をさする。その下には、死神になった今も残っているのかはわからないが、生前につけた無数のリストカットの傷跡がある。

 そんないつかの記憶を思い出していると、彼がくるりとこちらを向いた。


「じゃあ、ここで疑問が一つ。ボクが視えている君は、何なんだろうね?」


 確かにそうだ。ぼくには彼が視えている。ということは、ぼくはもうすぐ死ぬのだろうか?

 いや、彼のことだ、本当は、ぼくの寿命を知っているのではないだろうか? そして、ぼくが死ぬ直前に、その手でぼくの魂を回収――いや、「殺そう」としているのではないか? ――そう、大切な人たちを殺した復讐として。

 もしそうならば――そんなのは、絶対にごめんだ。




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