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紅い月が叫ぶ夜に  作者: 久遠夏目
第三章 黄昏月が微笑む夜に
42/58

13

「さて、二週間経ったけど、君、どうするの?」

「せっかちだなあ、君は。まだ日付が変わったばかりじゃないか」

「でも、今日が約束の日であることに変わりはない」

「それは、そうだけど……」


 苦笑していた彼を冷たく一蹴し、ぼくは彼女のほうを向いて、もう一度同じ質問をした。


「さあ、君はどうする?」

「――わたしは、帰りません」


 初めて逢ったときと同じような強い意志をその瞳に宿し、キッパリと言い放つ彼女。


「帰らないでどうするっていうの?」

「もう少しだけ、ここに置いてください」

「断る」

「君はお堅いなあ。もう少しくらいいいじゃないか」


 横から口を挟んできた彼が彼女の意見に賛成するということは、ただの好奇心か、それとも、まだ彼女の寿命を延ばす方法が見つかっていないのか――おそらく後者だろう。

 しかし、そんなことはぼくには関係ない。最初から二週間だけという約束だったし、もしその方法を彼がこれから見つけるとしても、場所はどこでもいいはずだ。彼女をここに置いておく理由は何もない。


「君は彼女を甘やかしすぎだよ」

「だから言ったでしょ? ボク、他人にはやさしいって」

「だったらぼくにもやさしくしてほしいものだね」

「ボクなりにやさしくしてるつもりだよ?」


 にこり、と得意の作り笑いを浮かべる彼。ぼくがため息をつくと、彼女が口を開いた。


「お願いします。わたしのサイゴのお願いなんです」

「君の最後のお願いはもう聞き飽きた。これ以上居座るというのなら、君を殺す」

「ちょっと君、何言って……」

「君は黙っていてくれるかい?」


 焦る彼をにらみつけ、ぼくは再び視線を彼女に戻す。

 残酷? 冷徹? 最低? 何とでも思えばいい。ぼくはウソが――約束を守らない人間が、一番嫌いなんだ。


「さあ、生か死か。選ぶのは、君だ」

「わたしは――帰りません」

「そう。じゃあ、残念だけど――サヨナラ、だね」

「待っ……」


       * * *


 静かな闇の中、その静寂を守るように、ピシュ、とサイレンサーの音が聞こえた。続いてボクの後方でドサリ、という音がしたが、それが何の音かなんて、火を見るよりも明らかで。彼の放った銃弾は、彼女を守るために盾になろうとしたボクの身体を、当然のように通り抜けていった。

 ああ、もともと死神<ボク>に実体なんてないんだ。「守る」ことなんてできないとわかっていたさ。

 ゆっくりと振り向くと、そこには心臓を正確に撃ち抜かれて、息絶えている彼女が床に横たわっていた。その身体の周りにじわじわと広がっていく紅い血。ボクは彼女に近づいて、口から零れていた血液をキレイに拭き取った。

 そして、ボクはそのまま彼女の死に顔を見つめていた。


       * * *


 銃は、嫌いだ。人を殺している感覚がないから。でも、元他殺願望者である死神の彼のときも、自殺願望の彼のときも、そして、今、目の前で倒れていった彼女のときも、最後はすべて銃を使っていた。これは一体何を意味しているのだろうか?


「……どうして、殺したの?」


 彼女のそばでしゃがんでいた彼が、ぽつりとつぶやく。その声は普段の様子からは想像もできないほど弱々しいものだった。


「彼女がぼくの忠告を聞かなかったからだよ」

「でも……」

「それに、いつも言っているだろう? ぼくの中に流れる誰よりも紅い血が、快楽と血を求めているってね」


 そう、殺人はぼくの生きる意味だ。


「それに、彼女は君と違って生に執着しているようだったしね」


 生きたい人間は殺す。それがぼくの信条だ。死にたがりやに興味はない。


「……っ」

「どうしたの? 君らしくもない。そんなに彼女に生きていてほしかったのかい? どうせ、もうすぐ死にゆく運命だったのに?」

「――っ!」


 嘲笑うように吐き捨てると、彼はキッとこちらをにらみつけた。しかし、彼は何を言うわけでもなく、ゆっくりと立ち上がると、静かに口を開いた。


「――まさか。そんなわけないじゃないか」


 にこり、彼はキレイに微笑む。ああ、ぼくは大嫌いな彼の作り笑いを、ぼく自身の手で作らせてしまった。


「じゃあ、ぼくは先に寝るよ。おやすみ」

「オヤスミ……」


       * * *


 彼が部屋を出ていったあと、ボクはまた彼女の横に座りこみ、じっと彼女を見つめていた。

 ああ、少しでも長生きしてほしいなんてバカバカしい。ボクは結局何もできなかったじゃないか。ボクはまた大切な人を守れなかったんだ。

 ボクのほおを一筋、涙が流れた。


       * * *


 リビングから自室に戻ったぼくは、窓から月を眺めていた。


「ぼくだって、殺したくはなかったよ――……」


 窓から見える黄色い月。確か彼女と出逢った日も、こんな月だったっけ。

 それはとてもやさしく輝いていて、どこか微笑んでいるようにも見えた。

 そしてそれは、残酷なまでにキレイだった。




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