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紅い月が叫ぶ夜に  作者: 久遠夏目
第三章 黄昏月が微笑む夜に
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「あーあ、降ってきちゃったよ」


 ま、ボクには関係ないけど、と誰にも聞こえるはずのない独り言をつぶやく。いや、誰にも聞こえないから独り言なのだろうか。

 そんなことはさておき、死神であるボクには実体がないので、晴れていようが雨が降っていようが関係ない。暑さも寒さも感じないし、もちろん食欲などもないのだから、便利なものである。半年ほど前、やっとのことで彼に殺されて、ようやく大切な彼女に逢えると思ったのに、何故かこうして死神になってしまったことは不本意だったけど、こういうことがあると、やはり生きているよりはマシだと思う。

 生と死には、絶対的な壁がある。彼女が今、どんなところにいるのかはわからないけれど、ボクは「生」という大きな壁を一つ越えたのだ。だから、前よりも希望が大きくなったと言ってもいいだろう。

 でも、この生活だってそれなりに気に入っている。だって、ボクの周りには面白い人間がたくさんいるから。


(殺人は、ぼくの生きる意味だ)


 快楽と血を求めて人を殺し、そして、ボクを殺してくれた快楽殺人者。


(この世界は、腐っているから)


 家が裕福だったがために、自分に媚を売ってくる人間を汚いと思い、世界に絶望していた自殺願望者。


(だから、人を殺す、なんてやめてください)


 そして、快楽殺人者の彼に向かってそんな命知らずなことを言った、余命三ヶ月の少女。彼女は今、その快楽殺人者の彼の家に、二週間だけという約束で居候している。

 彼女が出て行くまであと六日。ボクはそれまでに彼女の寿命を延ばす方法を見つけなければいけない。死ぬ人間を迎えにいくはずの死神が、逆に人間を生かそうとしているのだから、これほど滑稽なことはない。それでも、ボクは彼女に生きていてほしいのだ。


「自分は死にたがりやのくせにね」


 くすり、と自虐的な笑みを浮かべる。この話を聞かされた彼は、心の中でそう思ったに違いない。でも、ボクは他人にはやさしいんだ。


「ん?」


 ふと視線を前に向けると、少し強くなってきたこの雨の中、傘をささずに歩いている人がいた。あれは――


「何、やってるの?」


 足音もなく(浮いているのだから当然か)その人に近づき、後ろから声をかける。すると、それに反応してゆるゆると振り向いたその人物、それは――


「……死神さん?」


 余命三ヶ月の彼女、だった。その手に傘はなく、全身はしっとりと濡れ、髪からは水滴がたれている。


「傘もささずに散歩なんて、なかなか面白い趣向だね。でも、君にはちょっと危ないんじゃないかな?」


 ボクが苦笑しながらやんわり注意を促しても、彼女はただ哀しそうに微笑むだけだった。

 しかし、雨はますます酷くなる一方で、これでは本当に彼女の体調が心配だ。それなのに、何もできない自分がもどかしい。どうしよう、家まではまだ距離が――


「何、やってるの」


 ふ、と視界が少し暗くなったので顔を上げてみると、そこには傘を持った彼が立っていた。


「やあ君、ナイスタイミングだよ」

「まったく、傘もささずに何やってるの?」


 彼が呆れたように言葉を吐くと、彼女の肩がびくっと震えた。あーあ、またこわがらせちゃって。まさかここで説教とかしないよね?


「帰るよ」

「え?」

「風邪でも引かれたら困るだろう? 二週間置いてほしいのなら、体調管理はしっかりしてほしいものだね」


 他人に興味がなく、居候に難色を示していた彼が、まさかそんなことを言うとは思っていなかったので、ボクは少し驚いた。


「へえ、君もなかなかやるじゃないか」

「彼女と仲良くしろって言ったのはどこの誰かな」

「ボク、かな?」

「アタリ」


 にこりと笑ってみせれば、メンドくさそうにため息をつく彼。しかし、その手に握られた傘は半分以上が彼女のほうに寄せられていたことに気付き、彼は意外とフェミニストなのかもしれない、と感心した。


「……っ、ひっく」

「何で泣くかな……」


 すると、彼女の嗚咽が聞こえ、彼は困ったように眉根を寄せた。彼が「生きている」女性――しかも、「人形」にするつもりはない女性――と接しているのはとても珍しいことで、何だか今日は彼の新しい一面が見られたような気がした。


「あーあ、女ノコを泣かせちゃダメじゃないか」

「これはぼくのせいなのかな」

「君は女心がわかってないなあ」


 やれやれと肩をすくめてみせると、彼はまた大きなため息をついた。あーあ、また幸せが逃げてった。

 それから家に帰るまでの間、ボクは彼女を慰めるように絶えず話しかけていた。ボクにできることは、それくらいしかなかった。




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