04
「オカエリ」
ぼくが家に帰り、リビングへ行くと、男はいつもの作り笑いをこちらに向けた。否、リビングの電気は点いておらず、唯一の光はテレビの灯りだけだった。しかも、男はこちらを見ずにそう言ったので、表情などわかるはずはないのだが、にこりと笑う効果音が聞こえた気がしたのだ。そのくらい、この男はいつも笑顔という仮面を被っている。
ぼくはただいま、と言って電気のスイッチを入れた。
「電気くらい点けたら?」
「灯りなんてテレビで十分だよ。それに、今、君が点けてくれたから問題ないし」
「そう」
何だか男のいいように使われている気もしたが、彼がそれでいいというなら問題はないだろう。
ソファーに腰を下ろしてテレビに目をやると、いくつかの殺人事件のニュースが流れていた。ただし、その中にぼくが関わったものは入っていない。ぼくにはとあるツテがあり、そこに壊し終わった人形の事後処理を頼んでいるからだ。そこがヘマをしない限り、ぼくの殺人が世間の明るみに出ることはないだろう。
「まったく、世の中物騒だよねえ」
男は頬杖をついて、口をとがらせながらつぶやいた。しかし、何を思いついたのか、すぐにいたずらっぽい笑みを浮かべ、
「あ、一番物騒なのは君かな?」
と言った。まったくもって心外だ。
「そんな物騒なぼくを逮捕しない君のほうが物騒だと思うけど」
「ああ、確かに」
眉を下げて、くすり、と苦笑してみせる男。自分で言うのもなんだが、こんな快楽殺人者を放置しておく男が検挙率ナンバーワンだなんて未だに信じられない。
「ねえ、君はこういうの、どう思う?」
こういうの、とは、テレビで流れている殺人事件のことだろうか。どう思う、なんてずいぶん抽象的な質問だなと思いつつも、答えを考えている自分がいた。
「そうだな、面白くない」
「うわあ、それ、警察の人間を目の前にして言っちゃう?」
「別にもっと凶悪な犯罪のほうが面白いって言ってるわけじゃないよ」
「じゃあ、どういうこと?」
「彼らの目的――つまり、殺人の動機が面白くないってことさ。基本的な動機は怨恨や人間関係のもつれだけど、最近は“ムシャクシャしたから”とか、“ただ殺してみたかった”なんていう理由をよく聞くよね。ああ、愛しすぎて殺してしまった、なんていうのもあったかな。こんなのを聞いていると、人間ってつくづくくだらないと思うね。結局みんなその“誰か”――つまり“人間”を求めて殺すんだから」
そこまで持論を話すと、彼は苦笑した。
「じゃあ、君はどうして人を殺すの?」
「前にも言った気がするけど」
「うーん、忘れちゃった」
男はにぱ、と得意の作り笑いをよこした。
――いいよ。そんなに聞きたいなら、君が飽きるまで聞かせてあげる。ぼくがどうして人を殺すのか、なんてそんなの愚問だ。
「ぼくは人間を求めて殺人なんかしない。ぼくが殺すと決めた人間は、その時点で人間じゃない。ぼくの“人形”だ」
自分の人形をどう壊そうと、ぼくの勝手だろう?
「ぼくが求めているのは快楽と、血。ぼくは、人形の恐怖と痛みに歪むカオと、飛び散る緋色の鮮血を求めて人を殺すんだ」
ただ、それだけ。
「どうだい? そこらへんの殺人犯の言い訳より、よっぽどマシな動機だろう?」
そう問いかけると、男は愉快そうにくすくすと笑みをこぼした。
「やっぱり、一番物騒なのは君だね。確かにすごく真面目な物言いだけど、内容は狂ってるよ」
「そう?」
「そうだよ。つまりは誰でもいいってことだろう? 無差別にもほどがあるよ」
「確かにそうだね。でも、死にたがりやは殺さないよ」
「ありゃ、バレたか。残念だなあ」
そう言った男は、あまり残念そうでないような笑みを浮かべていた。
でも、ぼくは本当に残念だ。君が死にたがりやでなければ、今すぐにでも殺してあげられたのに、ね。