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紅い月が叫ぶ夜に  作者: 久遠夏目
第三章 黄昏月が微笑む夜に
39/58

10

「ねえ、君には生きる意味ってある?」


 それは、彼が彼女の寿命を延ばしたいと宣言した次の日の夜の問いかけだった。ああ、彼はどこまで残酷なんだろう。余命三ヶ月の人間にそんなことを聞くなんて。


「死神さんって人を死に誘う神様なだけあって、時々すごく残酷ですよね」

「何のことかな?」

「たとえば、もう聞かれないと思ってた家出の理由を聞かれましたし、おとといはわたしの寿命を知ってたでしょう? 最後の切り札だったのになあ」

「あはは、確かに神様っていうのは時として残酷なものだからね。しかも、ボクは同じ神様でも死神だから、余計にそうかもね」


 皮肉という名の彼女の反撃をさらりとかわす彼。それどころかそれを吸収して、自分が残酷だと認めてしまった。まったく、彼には敵わない。

 しかし、彼女も負けてはいなかった。


「じゃあ、死神さんの生きる意味は何ですか?」

「わあ、君もなかなか残酷だね。死んでる人間にそれを聞く?」


 そう言って彼はおどけてみせたが、そのカオはどこか楽しそうで――いや、「本当に」楽しそうだった。そこに、いつもの役者のような彼はいない。その理由は、何だ?


「でも、そうだね。生きてたときは『彼女』がボクの生きる意味だったよ」

「彼女さんがいたんですか?」

「うん。すごくやさしくて、すごく強くて、でもどこか脆くて」

「へえ……」

「それで、少し君に似てるんだ」

「えっ、わたし……ですか?」

「うん」


 にこり、それは肯定と言わんばかりの笑顔だった。

 彼は、目の前にいる彼女と「大切な人」が似ていると言っていた。だから、彼女といるとその「大切な人」といるような感じがして、こんなに生き生きとしているのかもしれない。


「今、その彼女さんはどうしてるんですか?」


 彼女の何気ない一言が、彼の傷を抉る。一瞬にしてその顔から笑みが消え、代わりに深い哀しみの色が彼の眼に映った。


「今は、いない。死んじゃったんだ」

「あ……ご、ごめんなさい! わたし……」

「ううん、いいんだよ。ボクの生きる意味は彼女だけだったんだ。でも、彼女が死んじゃったから、ボクが死にたいと思うのは当然のことだったんだよ」


 穏やかにそう語った彼の瞳にあの哀しみの色はもう見えなかったが、彼女は申し訳なさそうにうつむいてしまった。

 しかし、やがて伏し目がちにこちらに視線をよこした。


「……あなたの生きる意味は、何ですか?」


 ぼくにもその話題を振るのか、と思ったが、そういえば彼女に話したことはなかったっけ。


(人を殺す、なんてやめてください)


 初めて逢ったときに言われた言葉を思い出す。だけど、これを聞いたら、彼女はもうそんなことは言えないだろう。


「ぼくの生きる意味は、人を殺すこと、だよ」

「っ」


 はっきりと、そしてゆっくりとそう告げると、彼女は目を大きく見開き、哀しそうなカオをしてまた頭を垂れてしまった。

 ああ、頼むからそんなカオをしないでほしい。君は悪くないし、ぼくだって悪くない。ぼくはただ、自分の本能に従っているだけなんだ。


「さて、最後は君だよ。君の生きる意味は?」


 にこり、死神が笑う。その笑顔からは決して逃げられない。


「わたしの、生きる意味は……」


 彼女は視線を下に落としたまま、ひざの上でぎゅ、と拳を握りしめる。そして、何かを決意したように顔を上げた。


「わたしに、生きる意味はありません」

「「え?」」


 予想外の答えに驚いたぼくの声は、彼の声とキレイにハモってしまった。この答えには、何でも見透かしているような彼も予測していなかったようで、珍しく目を瞠っている。


「それは、やっぱり余命三ヶ月だから?」

「はい」

「でも、君は生きる意味がないのにこうやって生きている。それはどうして?」


 どうやら、元死にたがりやの彼にはそれが理解できないようだが、世の中には生きる意味がなくても生きている人はいるし、それを考えたことすらない人だっているだろう。彼のように、生きる意味を失ったという理由で死のうとするのはごく自然なことかもしれないが、それだって人それぞれだと思う。

 そんなことを考えていると、彼女は静かに語り始めた。


「確かに、わたしはあと三ヶ月しか生きられません。でも、だからこそ生きることをあきらめたくないんです。わたしは、最後まで生に執着します」

「生きる意味がなくても?」

「はい。それでも、わたしは今、ここで『生きて』いますから」


 そうして穏やかに微笑む彼女を見て、もうすぐ死んでしまうのにどうしてそんなふうに笑えるのだろう、と不思議に思った。

 しかし、思えば生前の彼もそうだった。彼女の笑顔とはまた少し違うものだったけれど、死を目の前にして笑うのは同じだ。

 ぼくには、それが一番理解できないような気がした。




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