表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紅い月が叫ぶ夜に  作者: 久遠夏目
第三章 黄昏月が微笑む夜に
38/58

09

「今日もごくろーさま」


 不意に後ろから聞こえた声は、振り返らずとも誰のものかすぐにわかった。相変わらず見計らったかのようなタイミングだ。

 しかし、


「残念、今日は何もしてないよ。――君も、見ていただろう?」

「さあ、どうでしょう?」


 ゆっくりと振り向けば、いつもと変わらぬ作り笑いを浮かべる彼が佇んでいた。まったく、わかるようにつけてくるくせに、白々しい。そう思って、ぼくは一つため息を吐き出す。


「あっ、またため息ついた。ダメじゃないか。ため息つくと、」

「幸せが逃げるんだろう?」

「何だ、わかってるの?」


 彼はぷう、と拗ねたようにほおをふくらませたが、誰がその原因だと思っているんだ。

 しかし、それを口に出すことはせず、ぼくたちは家に帰るべく並んで歩き出した。と言っても、ほかの人に彼は視えていないのだけれど。


「ねえ、君は彼女のこと、どう思う?」


 彼からの突然の質問。相変わらずのパターンではあるが、最近の彼の関心は彼女にばかり向いていたので、ぼくに向けられた質問が何だか新鮮に感じる。まあ、質問の内容はやはり彼女に向いているのだが。


「君はどう思うの?」

「うわ、ずるいなー。でも、ボクはやさしいから答えてあげるよ」

「何で上から目線?」

「そうだなー、ボクは『面白い』かな」


 ぼくの言葉を無視して、彼は先を続ける。


「だって彼女、君が人殺しだって知って、自分も殺されるかもしれないっていうのに、ホントにケーサツに言ってないんだよ?」

「彼女が自分でそう言ったんじゃないか」

「そうだけどさ。しかも、君に向かって『人を殺すなんてやめて』なんて言った上に、『ここに置いてくれませんか』だって。肝が据わってるよね」


 くすくす、と楽しそうに笑う彼。ああ、これは本当に愉しんでいるときのカオだ。


「――でも、まさか余命三ヶ月だとは思わなかったけどね」


 その重い一言で、一気に空気が変わるのがわかった。十月の風も、心なしか冷たく感じる。


「彼女の名前を見つけたときはビックリしたけど、それだけ死期が近ければ、ボクのことが視えるはずだよね」


 やれやれというように肩をすくめて苦笑したかと思うと、彼はぱっと表情を変え、得意の作り笑いを咲かせた。


「でも、ボクにもまだ威厳があったみたいでよかったよ。誰にでも視える死神なんて、カッコ悪いもんね」

「死神に威厳なんてあったの?」

「それ、前にも聞いたなあ」


 そう言って、彼はくすりと笑みをこぼす。


「ボクはね、他人にはやさしいんだ」

「何だい? 藪から棒に」

「特に、深く関わった人間には、ね」

「……だから?」

「だから、彼女がもう少し長生きできるようにしようと思って」


 こちらを向いてにこっと笑い、あっさりと、さも当然だとでも言うようにそう告げた彼。ああ、最近は驚くようなことばかりを聞かされている気がする。もちろん、カオには出さないが。


「死神がそんなことしていいの?」

「あはっ、ダメかもね」

「そもそも、そんなことできるの?」

「うーん、頑張ればできるんじゃない? 死神は『死』を司るものなんだから、その『死』を操ることができるかもしれないでしょ?」


 確かにそういう考えもできなくはないが、死にゆく人間を迎えにいくのが死神なのではないのだろうか。そもそも、よくそんな限りなく不可能に近いことをやろうと思えるものだ。


「やけに彼女の肩を持つんだね」

「だから言ったでしょ? ボク、他人にはやさしいって」

「それ、どういう意味?」

「そのままの意味だよ。彼女に生きていてほしいから頑張る。ただ、それだけだよ」


 「他人」にはやさしい、ということは、「自分」にはやさしくない、ということだろうか。――ああ、そうだ。彼は他殺願望の死にたがりやだったじゃないか。自分を殺してほしいだなんて、究極的に自分にやさしくないだろう。しかし、他人にやさしいというのなら、他人に自分を殺させる役を頼まないでほしい。

 そんなことを考えていると、彼がぽつりとつぶやいた。


「それに、ちょっと似てるんだ」

「何が?」

「彼女が、ボクの大切な人にね」


 にこり、その作り笑いは彼女を殺した(と彼は思っている)ぼくへのあてつけだろうか。


「だからかな、余計に生きていてほしい、って思うんだよ」

「そう」

「というわけで」


 くるり、ぼくより一歩前に踏み出した彼が振り返る。


「明日からちょくちょくいなくなると思うけど、ちゃんと彼女と仲良くしててね?」

「ぼくとしては、十分仲良くしてるつもりだけど」

「いーや、君には愛想が足りないよ」

「君みたいにほいほい作り笑いを連発するよりはマシだと思うけど」

「うわっ、酷いなあ」


 そして、彼はまた酷いだなんて思っていないような笑顔を浮かべていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ