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紅い月が叫ぶ夜に  作者: 久遠夏目
第三章 黄昏月が微笑む夜に
37/58

08

 彼女は今、何と言った? もうすぐ死ぬ? だから、誰よりも命の重さを知っている? 確かにそれならば、彼女が「生に執着している」と言ったのもうなずけるが、その真偽を確かめる術はなく、ぼくは彼女の次の言葉を待つしかなかった。

 やがて、彼女は苦笑しながら首をかしげ、口を開く。


「結構爆弾発言だと思ったんですけど、あんまり驚いてくれないんですね。やっぱりわたしは『ごく普通』でしたか?」


 自分では結構驚いているつもりだったのだが、彼女の目にはそうは映らなかったようだ。こういうときは、自分で言うのもなんだが、ポーカーフェイスでよかったと思う。


「うん、彼は驚いたかもしれないけれど、ボクは全然驚かなかったよ」

「……どうしてですか?」


 彼女の渾身の爆弾発言に対してあまりに余裕がある彼を不審に思ったのか、怪訝そうなカオで訪ねる彼女。いくら彼でもこんな話を聞かされて驚かないはずがないとぼくも予想していたので、彼女の態度は正しいと思う。

 すると、二人分の視線を受けとめた彼は、飽きもせずににこり、と笑ってみせた。この状況でもそんな笑顔が作れるなんて、虫唾が走る。

 そして、その口から出た言葉は――


「だって、知ってたから」

「、え?」


 またしても爆弾が投下されたが、今度は先に爆弾を投げたはずの彼女が驚く番だった。目を大きく見開き、信じられないといった表情で彼を見つめている。


「知ってた、って……どういうことですか?」

「これでもボクは死神だよ? 彼は別として、どうしてボクと関わったことのない君にも視えるのか気になってね、調べてみたんだ」


 どこでどうやって調べたか、なんて愚問だ。聞いたところで彼は教えてくれないだろう。なるようになる、それが彼という人物だ。


「そしたら驚いたよ。君、病気で余命三ヶ月なんだって? どうりでボクが視えるはずだよね。もうすぐ死ぬんだもん」


 意地が悪いわけでも哀れむわけでもなく、彼は微笑みながら淡々と事実を述べる。彼は最初からこれを狙って「自己紹介をしよう」などと提案したのだろうか。

 そういえば、彼女の聞きたかったことは結局秘密のままだし、自己紹介というよりは「過去紹介」のようだった。彼が最初に話して型を作ってしまえば、ほかの人はそれに従うだけ――そんなことも計算していたのだろうか。相変わらず嫌な男だ。


「ど? 当たってるかな?」

「……はい。初めて逢ったときに、あなたが死神だって聞いて、びっくりしました」

「あはは、そうだよね。言うなれば、君を迎えにいく人物だもんね」


 彼は軽く笑ったが、彼女にとっては笑い事ではないだろう。場違いもいいところだ。

 しかし、これでわかったことが一つある。彼女が時々見せたあの憂いの瞳は、余命が三ヶ月しかない自分の生への哀しみなのだろう。

 そして、もう一つ。


「じゃあ、家出っていうのはウソかい?」


 意識したわけではないのだが、少し責めるような口調で問いかけると、彼女はびくっと肩を震わせ、怯えたような小さな声を出した。


「はい……本当は病院を抜け出してきたんです。ごめんなさい」

「余命三ヶ月の人間がこんなところにいてもいいの? 早く病院に戻るべきだと思うけど」

「ええー? 追い出しちゃうの?」

「その言い方には語弊があるよ。ここで倒れられたりしたら、大変だろう?」

「うーん、それはそうだけど……君はどうしたい?」


 くるり、彼は彼女のほうを向いた。今は本人の意思など聞いている場合ではないだろうに。


「……まだ、二週間経ってないですよね」


 それは、先ほどと違い、とても力強い声だった。ああ、嫌な予感が――いや、嫌な予感しかしない。


「お願いします。二週間経ったら絶対病院に戻ります。だから、それまではここにいさせてください!」

「断――」

「わたしの、最後のお願いだと思って……っ」

「え」


(ねえ、あたしの最後のお願い、聞いてくれる?)


 ああ、遠い記憶の中の「誰か」もそんなことを言っていた。「最後」だなんて、そんなの卑怯だとは思わないか?


「……あと九日。それ以上は認めない」

「あ、ありがとうございますっ!」


 その瞬間、トナリにいた彼も笑った気がした。

 別に甘やかしたわけでも、同情したわけでもない。

 ぼくは、ウソはつかない主義なだけだ。




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