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紅い月が叫ぶ夜に  作者: 久遠夏目
第三章 黄昏月が微笑む夜に
33/58

04

「ここ、空いてるからすきに使って」

「あ、ありがとうございます」


 先ほど二週間の猶予を言い渡した彼女には、一つ空き部屋があったので、そこを貸すことにした。そこは生前の彼が(勝手に)使っていた部屋でもあったが、この部屋で彼が死んだわけではないので曰くつきというわけでもないし、特に問題はないだろう。

 このマンションの間取りは2LDK。一つは当然ながらぼくが使っているが、死神である彼は特に眠る必要がないらしく、休みたくなったらリビングのソファーを使っているため、この部屋が空いているというわけだ。


「あの……一人暮らし、なんですよね?」

「そうだよ」

「そう、ですよね」

「一人暮らしなのに、二部屋もあるのがおかしいかい?」

「えっ、あ、いや、おかしいだなんて……」


 どうやら図星だったらしく、彼女の顔がさっと蒼ざめる。

 だが、その疑問は当然のものだろう。ここには基本的に必要最低限のものしかないし、大学生なのでそれなりに本は読むが、それだって自室の本棚で足りている。それなのに、どうしてこんな広い部屋を、しかもあまりお金を持っていないはずの学生が借りられるのか。

 ここに引っ越してきたのは一年半ほど前、大学に入学した春のことだった。それまでは普通に一人暮らし用の部屋だったのだが――まあ、そんなことはどうでもいいか。ぼくに過去など必要ない。


「ただの気分だよ。そのうちこっちは書斎にでもしようと思ってたんだ」

「ああ、そうだったんですか」


 我ながら安いウソだなと思ったが、彼女はあっさりと信じてくれた。

 ただ、ぼくの後ろからは刺さるような視線を感じた。彼、だ。

 さすが人の心が読めるだけあって、彼にはウソだとバレてしまったかもしれない。まあバレたところで、どうしてそんなウソをついたのかという理由まではわからないだろう。


「あの……」

「まだ何かあるの?」

「い、いえ……いや、あの……一人暮らしで、ここは空き部屋だったのに、どうしてベッドがあるのかな、と思って……」


 彼女言うとおり、空き部屋であるはずのこの部屋には、ベッドだけがぽつんと置かれている。

 しかし、その答えは簡単で、生前の彼がここに居候することになったときに運びこんできたからだ。


「少し前まで、変な居候がいてね。その人がここを使っていたから、そのままなんだ」

「えっ、それ、わたしが使ってもいいんですか?」

「ああ、すぐに荷物だけ持って出ていったから、気にすることはないよ」


 本当はわずかに残っていたものを、ぼくが処分したのだけれど。

 背後にいた彼にちらりと視線を向ければ、彼はいつものようににこりと――しかしどこか複雑そうなをカオして――笑った。その表情は何を意味しているのだろうか。


「じゃあ、これから二週間、お世話になります」


 その声にはっとして「ああ」と短く答え、自室に戻るためにきびすを返すと、ドアのところで彼がにこにこ――いや、ニヤニヤと言うべき表情をしていた。先ほどのシリアスな面影などどこにもない。


「何、そのカオ」

「え? いやあ、若い男女が一つ屋根の下なんて、何があってもおかしくないよなー、と思って」

「は?」


 そのセリフにぼくは眉をひそめたが、彼女はほおを赤く染めてうつむいてしまった。

 確かに一般的には「同棲」とも言えなくはないが、ぼくにとってはまったく取るに足らないことだった。


「残念だけど、君たちが期待しているようなことは起こらないから安心して」

「えっ、それ、わたしも入ってるんですか?」

「ええー? つまらないなあ」

「ぼくは恋愛に快楽を求めていないし、興味もない。それ以前に、ぼくには性欲というものがないからね」


 当然のようにさらりと言ってのけると、さっきまでケラケラと笑っていた彼はすっと真顔になって、盛大なため息をついた。


「ああ、うん、君って人は……うん、君は君だね」


 わけのわからないことを言って、もう一度大きなため息をつく彼。

 まったく、何度言えばわかるんだ。ぼくが求めているのは快楽と血。恐怖と痛みに歪むカオと、飛び散る緋色の鮮血だ。それ以外に快楽など感じないのだから。


「ああ、それから、ぼくの部屋は立ち入り禁止だから。入ったらどうなるか、わかるよね?」


 低くつぶやきながら彼女に視線を向けると、彼女は初めて逢ったときのようなこわばった表情でこくこくと頭を上下に振った。


「もー、これから一緒に住むんだから仲良くしなよ。ごめんね、彼が脅しちゃって」

「い、いえ」

「これは脅しじゃなくて忠告だよ」

「君が言うと脅しに聞こえるんだよ。ね?」

「え? えーと、あの……」


 彼女は急に話を振られて困っているようだった。まったく、脅しだなんて心外だな。


「ああ、最後にもう一つ」

「何?」


 そう聞いてきたのは何故か彼だったが、特に問題はない。


「明日からも朝食よろしく」

「――っ、はい!」


 今度はちゃんと彼女の声で返事があった。それを聞いて、ぼくは自室へと戻っていった。




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