02
「あ、……っ」
ぼくと目が合った少女は小さく悲鳴のような声を上げたが、恐怖で叫ぶことはできないようだ。手で口を押さえながら、ぼく自身からぼくの足元――もとい、そこに転がっている、先ほどぼくが壊した人形へと視線を移す。
これは、ぼくが倒れている人を助けようとしている図にも見えなくはないが、残念なことに、人形の周りには大量の血が流れていて、しかもそれは普通では有り得ないような飛び散り方をしていた。加えて、こんな人気のない路地裏だ。ぼくが第一発見者だという言い訳は通用しないだろう。
そもそも、彼女がいつから見ていたかによっては、そんな言い逃れもできない。もっとも、言い訳も言い逃れもするつもりはないのだけれど。
「そ、れ……あなたが殺したの?」
ぼくが口を開くよりも先に、彼女が振り絞るようなかすれた声で言葉を発した。
「君はいつから見ていたんだい?」
「わたし、は、ちょっと血のニオイがしたから、それをたどってきてみたらここに着いて……そ、そのときにはもう、その人は倒れてました……」
血のニオイがした? 彼女がどこからそれをたどってきたのかは知らないが、相当鼻がいいようだ。
それよりも、どうやら彼女はぼくが人を殺した瞬間を見ていないらしい。よく考えてみれば当たり前か。ぼくが快楽に浸っていたときは彼が路地の入り口で隠れて見ていたのだから、その彼が人の気配に気付かないはずがない。
「あ、あなたが殺したんですか……?」
震える声でもう一度尋ねられたので、ぼくはふっと笑ってみせた。
「ああ、そうだよ」
「っ」
きっぱりと答えると、彼女の肩がびくっと震え、その顔が一気に恐怖で染まる。彼女は殺人そのものを見ていないようなので、ごまかすこともできたけれど、ぼくはウソはつかない主義なんだ。
しかし――さて、どうしようか。彼女を見やれば、足がすくんで動けずに、青ざめてうつむいている。逃げないのはいいが、手立てがあるわけでもない。
「君は正直者だねえ。何で認めちゃったのさ?」
壊れた人形と彼女を交互に見ながら思案していると、何故か今までぼくの後ろに隠れていた死神がひょっこりと現れ、ふわふわと浮いてぼくの周りを回った。
「この状況なら、ごまかせたかもしれないのに」
「あいにくぼくは君と違ってウソはつかない主義なんだ」
「ええー? 何それ、酷いなあ」
はたから見れば、いきなり誰かと会話をするような独り言をつぶやいて、頭がおかしいと思われるような状況だったのだが、その「はた」――つまり、目の前にいる少女はそう思わなかったらしい。
何故なら、
「あなた、何……? どうして浮いてるの……?」
驚きと恐怖に満ちたカオで、彼女がそうつぶやいたからだ。どうやら彼女には、死神である彼が視えているらしい。
「へえ、驚いた。君、ボクが視えてるの?」
「ひっ……」
浮いたままの状態で、彼がふわりと彼女に近づくと、彼女は短い悲鳴を上げて一歩後ずさった。今の状況では、彼はユーレイだとでも思われているのかもしれないが、彼が視えていることは確かだ。
「君、どうするの? 視えてるみたいだけど」
「うーん、おかしいなあ。普通の人には視えないはずなんだけど。君といい、彼女といい、ボク、死神の威厳ゼロじゃないか」
「死神に、というか君に威厳なんてあったの?」
「失礼な」
「あ、あなた、死神なの?」
恐怖がいくらか消えたのか、彼女の声は先ほどよりも少し大きくなっていた。どうやら彼の声もきちんと聞こえているらしい。
すると、彼はにこり、ととびきりの笑みを浮かべた。もちろん、作り笑いだけど。
「そうだよ?」
彼がそう肯定すると、彼女の瞳がかげったように見えた。しかし、それは一瞬のことで、次の瞬間にそれはもう消えていた。ぼくの見間違いだったのだろうか?
いや、今はそんなことはどうでもいい。
「さて、そろそろ本題に入ろうか。この人間はぼくが殺した。そして、君はそれを知った。さあ、君はどうする?」
「……ケーサツに言うって言ったら?」
「今ここで君を殺す」
「君、彼女がどうしようと、結局は殺すんでしょ?」
こそっとぼくに耳打ちする彼。相変わらず人の心の中を見透かすのが上手いようだ。いや、この場合は察しがいい、と言うべきだろうか。
彼の言うとおり、ぼくの不注意と正直な性格のせいでバレてしまったとはいえ、自分が人殺しだということを知っている人間を生かしておくわけにはいかない。――ああ、自殺願望の彼は例外だったけど。
すると、彼女はぐっと拳に力を入れ、ばっと顔を上げた。
「わたし、誰にも言いません」
「へえ、それで?」
「絶対に言わないって誓います。――だから」
ぼくを真っ直ぐに見つめるその瞳には、何か強い意志が宿っていた。
「だから、もう人を殺す、なんてやめてください」
(人を殺す、なんてダメだよ)
――ドクン、心臓が跳ね上がる。
ああ、あれは誰だったっけ?




