03
家に帰ると、男はシャワーを浴びると言ってバスルームに向かったので、ぼくはそのすきに自室のパソコンを立ち上げ、警察のコンピューターへと侵入した。あの男が本当に警察の人間なのか、まだ疑っていたからだ。
本音を言うと、あの男が警察の人間かどうかなんてどうでもよかった。しかし、彼が本当に警察の人間だった場合、ある日突然仲間をこの場所に呼ばれる、なんてことになったら困る。人を、人形を壊せなくなるのは、絶対に嫌だ。
それなら、どうしてあの男をここに置いてしまったのだろう。頼まれたからといって、ここに居候させる義理はないはずだ。しいて言うのなら、先ほどのような理由で、この男を監視しておきたかったのかもしれないし、あるいは――
(――面白い)
あのとき、きっと一瞬でもそう思ってしまったことがいけなかったんだ。でも、今まで自分からぼくの人形にして、なんて言ったのはあの男が初めて――
「!」
ようやく見つけたあの男のデータ。そこには驚愕の事実が書かれていた。
「あーあ、バレちゃった?」
振り向くと、食い入るようにパソコンの画面を見つめていたぼくの後ろ、自室のドアに男が寄りかかっていた。――帰ってきたときと同じ格好で。シャワーを浴びると言ったのは、ウソか。ぼくもずいぶん油断したものだな、と自虐的な笑みを浮かべていると、彼が部屋の中に足を踏み入れ、こちらに向かって歩いてきたので、ぼくはパソコンの画面に向き直り、男のデータを読み上げた。
「十二歳で渡米、向こうの大学を十五歳で卒業し、日本に帰国してすぐに警視庁に入庁。現在は二十歳で最年少警視、しかも検挙率ナンバーワン、ねえ」
「だから言ったでしょ? ボクは優秀だって」
ぼくのすぐトナリまで来た男は、にぱっと屈託のない笑みをよこした。相変わらず正確無比なそれに、苛立ちを覚える。
「ていうか君、生年月日を見る限り、ぼくと同い年じゃないか」
「へえ、そうなの? じゃあ、同い年同士、よろしくね」
そう言って差し出された手を、ぼくが握ることはなかった。何がよろしくなのかもわからないし、この男と仲良くする気もない。
ぼくはそっけなく「ああ」とだけ言って、すぐに視線をパソコンに戻した。
「君みたいなキャリア中のキャリア、いや、天才と言うべきかな?」
「あはっ、やめてよ。照れるじゃないか」
「……とにかく、君みたいなエリートが、どうして死にたがるのかわからないよ」
ましてや、『他殺願望』だなんて。
すると、男はまたにこっと笑った。
「ボクみたいな人間だから、だよ」
答えになっているのかなっていないのか、よくわからない返答だったが、確かに頭の良い人間ほど何を考えているのかわからないということはある。それは多分、凡人には理解できないというだけの話なのだろうけど。
天才とバカが紙一重であるように、天才と狂気も紙一重だ。この男は、もしかしたら狂気の側に行ってしまったのかもしれない。
「ねえ、どうしてぼくを逮捕しないの?」
何度聞いても返ってくる答えはきっと同じはずなのに、ぼくは無意識のうちにそう問いかけていた。
「君は、ボクを殺してくれるから」
にこり、一ミリの狂いもないその笑顔に、吐き気を覚える。
何がこの男にそこまで死にたいと思わせているのだろうか。死にたいとしても、何故『他殺願望』なのだろうか。この男がここまで歪みのないキレイな笑顔という仮面を被るのは、どうしてなのだろうか――ああ、こんなこと、考えるだけムダなのに。この男と仲良くするつもりなんてないのに。
それ以前に、ぼくはこの男を殺す気なんてこれっぽっちもないのに。それなのに、こうやって他人に興味を持ってしまったもの、くだらないことを考えてしまったのも、全部、この男の、せい。