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「君、何でここにいるの?」
「え?」
テレビから視線を離し、そのままこちらを向いたのは、元他殺願望者で、現死神の彼だった。彼は当たり前のようにくつろいでいるが、ここはぼくの家だ。
「何さ、いちゃダメなの?」
「また住みつくつもり?」
「アタリ」
にっ、と彼はいたずらっぽく浮かべたその作り笑いは、生前と何一つ変わらない。
「まあ、ダメって言ってもそうするんだろう?」
「ふふ、君はそんなこと言わないでしょ?」
ああ、人の心を正確に読んでいるのも相変わらずのようだ。ため息をつきたくなる。
「彼はこれからどうするかなあ」
「さあ、それは彼次第だよ。それにしても、君といい彼といい、もう死にたがりやには出逢いたくないものだね」
「あははっ、確かに君の周りには死にたがりやが寄ってくるね」
まったく、笑いごとではない。死にたがりやは殺せないから、ぼくにとっては厄介なものでしかないのだ。彼らは決してぼくの「人形」にはなれない。
「君に逢った人間はね、君に殺されたくなるんだよ。ああ、この人は自分を殺してくれる、って思うんだ。その快楽殺人者のオーラに惹かれるっていうかさ」
「まったく、迷惑な話だね」
「でも、どうしてかな。そのうち生きたくなってくるんだよね」
「ぼくに殺されるために?」
「ううん、違うよ。ただ純粋に、もう少し生きてみたいって思うんだ。あの彼のようにね」
そう言って、彼はまたにこりと笑った。
ぼくに出逢うと殺されたくなって、それから生きたくなる? 死にたがりやにそんな劇的な心変わりがあるのだろうか。
確かに、自殺願望だった彼は「生きてみたい」と言った。だけど、それはぼくよりも死神である彼の影響のほうが強かったのではないだろうか。
――じゃあ、その死神の彼は?
「君も、そうだったの?」
ふと口にしてしまった質問。だけど、このホンモノの死にたがりやがそんなことを思うわけがない。というより、ぼくがそう思っていてほしくないと願っていた。
しかし、それを裏切るように、彼は最高の笑みをよこす。
「うん、そうだよ。ボク、本当はちょっと後悔してたんだ。君に殺されたこと」
「……後悔?」
「そう。もう少し、生きててもよかったかな、って」
「君が生きていたかったなんて初耳だよ」
「アレ、そうだっけ?」
とぼけるように彼はけらけらと笑ったが、ぼくはまったく笑えなかった。どうして今さらそんなこと言うんだ。それならぼくだって――。
そう思いかけて、やめた。過ぎ去った時間はもう二度と戻ってはないのだから。彼のことだって、「あのとき」のことだって。
頭をよぎった過去を振り切るようにして、ぼくは大きく一つため息をついた。
「あ、ため息つくと」
「幸せが逃げるんだろう?」
ぼくが彼の言葉を遮ると、彼は大きく目を見開いたが、すぐに満足そうな笑みを浮かべた。
「うん、憶えててくれたんだ?」
「記憶力はいいほうかな」
むしろ、忘れたくても忘れられないさ。彼と同じことを、もっと昔に「誰か」も言っていたのだから。
――ああ、そういえば。
「ねえ」
「うん?」
「ぼく、君に言いたいことがあったんだ」
「へえ、何?」
期待に満ちた表情をこちらに向けた彼に対して、ぼくはふ、と嘲るような笑みを浮かべてみせた。
「笑って死ぬなんて、ホントウに最悪だったよ」
「うわあ、それ、直接本人に言っちゃう?」
そう、これは最悪な死に方をした彼への仕返しだ。酷いなどと思われようと関係ない。
しかし、ぼくの意に反して、彼はくすくすと笑い出した。
「何かおかしい?」
「いや、君はホントウに面白い人間だなあと思って」
「そうかな」
「そうだよ」
そうして死神はまた愉快そうに笑っていた。
彼は、生きる意味を失った他殺願望者だった。もう一人の彼は、もとから生きる意味などないとあきらめていた自殺願望者だった。
どちらも同じ死にたがりやだったけれど、ぼくは前者を殺し、後者を生かした。
――だけど、これで本当によかったのだろうか?
(今のが答え、だろう?)
ぼくは何故、自殺願望者の彼を生かし、あんなことを言ったのだろうか。ぼくは生きたい人間なら殺すはずなのに。
ああ、でも一つだけわかっていることがある。
すべてはきっと、この死神のせいだと。




