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紅い月が叫ぶ夜に  作者: 久遠夏目
第二章 蒼い月が嘆く夜に
20/58

06

 死神の予言は必ず実現する。

 それは、必然なのかもしれない。


       * * *


 生きていたときの死神を殺した――つまり、あの男が死神になる原因を作った快楽殺人者の彼に出逢ってから数日が経った。

 同じ死にたがりやである(正確には「あった」だろうか)死神は死ねたのに、僕は死んでいない。自分が未だに生きているという現実を突きつけられた僕は憤りを感じ、ますます早く死にたいと思うようになっていた。

 しかし、それと同時に、あの人に「殺されたい」と思うことも、少なくはなかった。おかしい、僕は他殺願望なんかじゃないはずなのに。


「ねえ、君はどうして死にたいの?」


 死神からの突然の質問。その顔には、またいつもの作り笑いが浮かんでいた。相変わらず人形みたいに完璧な笑顔だなと思いながら、僕は質問の答えを考える。

 どうして死にたいか? そんなのこの世で一番簡単で、一番、くだらない質問だ。


「この世界は腐っているから。こんなくだらない世界で生きている意味なんてないよ」

「確かに。それにはボクも同感だね」

「さすが元死にたがりや。それなりに通じるところはあるってことか」

「まあね」


 死神は満足そうにうなずいた。そう、この男も同意してくれたように、この世界は腐っている。誰もが思春期に一回くらいは思うことかもしれないけれど、僕はきっとほかの誰よりも強くそう思っている。だって、僕の人生はそうとしか思えない出来事ばかりだったのだから。


「あ、じゃあもしかして、あんたもそんな理由で死にたくて、あの人に殺してもらったの?」


 そういえば、僕はどうして死神が死にたかったのかを聞いていなかった。同じ「死にたがりや」だが、「他殺願望」という特殊な思考を持っていた男。しかし、彼はそれを本当に成し遂げたのだ。

 何故そんなことが可能だったのか、それ以前に、どうやってあの快楽殺人者と知り合ったのか、そして、どうして「他殺願望」なんて考えに至ったのか――日々を追うごとに、この男への疑問は増えていく。

 しかし、


「――ヒミツ」


 死神は人さし指を口に当て、何ともわざとらしい、しかし不敵な笑みを浮かべた。僕には口を割らせておいて、自分は黙秘なんて卑怯じゃないか?


「それにしても、飛び降りとは勇気があるね」

「そう? 死ぬなら一番てっとり早い方法じゃない?」

「ああ、でも、ボクは他殺願望だったから、その選択肢はなかったなあ」

「ていうか確かに飛び降りたけど、まだ死んでないし」


 むすっと顔をしかめてに不満をつぶやいてみせる。せっかくこの腐った世界におさらばできると思ったのに、何故僕は生きているのだろうか。


「そんなに早く死にたい?」

「当たり前だろ。あんたも元死にたがりやならわかるんじゃないの?」

「……うん。よーく、わかるよ」

「でも、あんたは死なせてくれない」

「アタリ」


 そう言ってまた微笑んだ死神に、殺意すら覚える。この男さえいなければ、僕は確かに死ねていたのに。


「ねえ」

「ああ?」

「うわっ、君、どんどんガラ悪くなってるよ?」


 イライラしていたときにタイミング悪く話しかけられたので、それと同じモチベーションで返事をしてしまった。イメージを回復するためにも、僕は一度コホン、と咳払いをして、さわやかな笑顔を死神に向ける。


「えっと、何かな?」

「うわあ、ウソくさい笑顔」

「いやいや、あんただけには言われたくないよ」

「あはっ、それは言えてる」


 それは認めるのかよ、と心の中でツッコミを入れると、死神が今度はタイミングよく口を開いた。


「ねえ、君はどうして死にたいの?」

「は? だからそれはさっき……」

「それはタテマエでしょ? ボクにウソつくなんて百年早いよ?」

「っ」


 僕を真っ直ぐに見据える死神。この目は、嫌いだ。自分のことはちっとも教えてくれないくせに、他人の――僕のことはすべて見透かされているような気がして。

 だけど、僕にも意地がある。


「――この世界は、腐っているから」


 そう言い放ち、僕はにこりと笑ってやった。死神と同じくらいの最高の作り笑いに、最大のウソを隠して。

 すると、死神は一瞬驚いたようなカオをしたが、すぐにいつもの作り笑いを浮かべた。


「君もウソをつくのがヘタだね」

「……君、も?」

「まあいいや。そのうちわかることだろうしね」

「どういう意味? まさか調べるとか?」

「そんなことしないよ。君の口から聞けるのを待つだけさ」


 にこり、死神は無邪気に笑うが、そのウラには邪悪な下心が隠れている。


「僕は何も語るつもりはないよ」

「ううん、君はきっと言うよ。――真実を、ね」


 何の確証もないはずなのに、どうしてこの男はこんなにもキッパリと断言できるのだろう。

 言葉は言霊、発したものは意味を持つ。ならば、死神の言葉は予言――いや、呪いだ。本当にいつか真実を口にしてしまうかもしれないという不安を感じる。

 目の前でただただ微笑んでいる死神にどうしようもない殺意を抱いて、夜は更ける。




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