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紅い月が叫ぶ夜に  作者: 久遠夏目
第一章 紅い月が叫ぶ夜に
2/58

02

 今日の人形にとどめを刺し、快楽に浸っていると、背後で人の気配がした。そして、現れたのは、

「今日もごくろーさま」

 ゆっくりと振り向けば、あの男がにこにこといつもの作り笑いを浮かべて立っていた。

 初めて逢ったあの日以来、何故かぼくの家に住みついているこの男は、いつも見計らったかのようなタイミングで、殺しが終わると同時に現れる。それはあまりにも正確すぎて、実はどこかでずっと見ているのではないかと思うくらいだ。

「仕事は終わったのかい?」

「うん、ボクは優秀だからね」

 ああそう、と軽く流すと、信じてないでしょ、と男は拗ねたようにほおをふくらませる。ああ、その仕草もウソくさい。

 そして、ぼくは男と並んで夜の街を歩き始めた。

「ぼくは、未だに君が警察の人間だって信じられないんだけど」

「どうして?」

「だって、君は殺人犯であるぼくを逮捕しないじゃないか」

 そう、ぼくは人殺しだ。しかも、快楽と血のために人を殺す、いわゆる快楽殺人者なのに。

 そして何より、この男はぼくが人を殺すところを見ている。出逢ったあの日から、何度も――いや、そういえば。

「あ、気付いた?」

 その声にはっとして男を見れば、彼はぼくの思考を見透かしたように、にこっと笑った。

「初めて逢ったときの人形は、君が殺したんだったね」

「うん。アタリ」

 確かにぼくは何人もの人間を殺した快楽殺人者だ。

 でも、この男も一人ではあるけれど、人を殺したのだ。

「いくらあの人が瀕死の状態だったとはいえ、殺したのはボクだ。アレ? でも、君を狙ったのに、君があの人を盾にしたんだから、やっぱりあの人を殺したのは君かな?」

 にやり、と意地の悪い笑みを浮かべた男に、ぼくはため息をついた。

「確かにあの人形を盾にしたのはぼくだけど、あれは正当防衛だよ。先に殺意を向けてきたのは君なんだから」

「あははっ、あれが正当防衛って言えるのかはわからないけど、ボクが先に発砲したのは事実だし、それが威嚇じゃなかったことは確かだね」

 まあ、つまりぼくたちのどちらも罪に問われる要素があるから、男はぼくを逮捕しないということである。ただ、ぼくのほうが罪は重いし、快楽殺人者の言うことを警察が信じるとも思えない。それなのに、何故?

「君、まだ考えてるの?」

「ああ、君のほうはいざとなれば警察の権力でもみ消すこともできるのに、どうしてかと思ってね」

「だから、言ったでしょ?」

 にこり、男は微笑む。その笑顔はやはりどこまでもキレイで――どこまでも歪な作りものだった。

「“ボクも君の人形にしてくれない?”ってね」

「……そんなに、死にたいの?」

「うん、ものすごく。でも、正確に言うなら殺されたい、かな」

「殺されたい?」

 男の口から紡がれた言葉の意味がわからなくて、思わず反復してしまった。『死にたい』というのならわからなくもないが、『殺されたい』というのはどういうことだろうか。

「そう。ボクは君の人形にしてって言ったけど、それは自殺願望からじゃない。他人に殺されたいっていう“他殺願望”からなんだ」

 結局、死にたいっていうことに変わりはないけどね、と言って男は苦笑した。

 自分で自分を殺すならそれは自殺だが、他人に自分が『殺される』なら、それは確かに他殺だ。同じ死にたがりやでも後者を選ぶ人はほとんどいないだろう。何故なら、自分を『殺してくれる』ための『他者』が必要になるからだ。その点、ぼくはすでに手の汚れた快楽殺人者だから、ぼくに『殺して』と頼むのはある意味正解なのかもしれない。

 しかし、この男の何がそんなに死へ向かわせるのか、ましてやどうしてぼくに殺されたいのか、ぼくにはまったくわからなかった。

 でも、

「どう? ボクを殺してくれる気になった?」

「いや、全然」

「ええー?」

 ああ、そうだ。この男がどうして死にたいのか、なんてどうでもいい。だって、ぼくは死にたがりやは殺さないのだから。



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