02
今日の人形にとどめを刺し、快楽に浸っていると、背後で人の気配がした。そして、現れたのは、
「今日もごくろーさま」
ゆっくりと振り向けば、あの男がにこにこといつもの作り笑いを浮かべて立っていた。
初めて逢ったあの日以来、何故かぼくの家に住みついているこの男は、いつも見計らったかのようなタイミングで、殺しが終わると同時に現れる。それはあまりにも正確すぎて、実はどこかでずっと見ているのではないかと思うくらいだ。
「仕事は終わったのかい?」
「うん、ボクは優秀だからね」
ああそう、と軽く流すと、信じてないでしょ、と男は拗ねたようにほおをふくらませる。ああ、その仕草もウソくさい。
そして、ぼくは男と並んで夜の街を歩き始めた。
「ぼくは、未だに君が警察の人間だって信じられないんだけど」
「どうして?」
「だって、君は殺人犯であるぼくを逮捕しないじゃないか」
そう、ぼくは人殺しだ。しかも、快楽と血のために人を殺す、いわゆる快楽殺人者なのに。
そして何より、この男はぼくが人を殺すところを見ている。出逢ったあの日から、何度も――いや、そういえば。
「あ、気付いた?」
その声にはっとして男を見れば、彼はぼくの思考を見透かしたように、にこっと笑った。
「初めて逢ったときの人形は、君が殺したんだったね」
「うん。アタリ」
確かにぼくは何人もの人間を殺した快楽殺人者だ。
でも、この男も一人ではあるけれど、人を殺したのだ。
「いくらあの人が瀕死の状態だったとはいえ、殺したのはボクだ。アレ? でも、君を狙ったのに、君があの人を盾にしたんだから、やっぱりあの人を殺したのは君かな?」
にやり、と意地の悪い笑みを浮かべた男に、ぼくはため息をついた。
「確かにあの人形を盾にしたのはぼくだけど、あれは正当防衛だよ。先に殺意を向けてきたのは君なんだから」
「あははっ、あれが正当防衛って言えるのかはわからないけど、ボクが先に発砲したのは事実だし、それが威嚇じゃなかったことは確かだね」
まあ、つまりぼくたちのどちらも罪に問われる要素があるから、男はぼくを逮捕しないということである。ただ、ぼくのほうが罪は重いし、快楽殺人者の言うことを警察が信じるとも思えない。それなのに、何故?
「君、まだ考えてるの?」
「ああ、君のほうはいざとなれば警察の権力でもみ消すこともできるのに、どうしてかと思ってね」
「だから、言ったでしょ?」
にこり、男は微笑む。その笑顔はやはりどこまでもキレイで――どこまでも歪な作りものだった。
「“ボクも君の人形にしてくれない?”ってね」
「……そんなに、死にたいの?」
「うん、ものすごく。でも、正確に言うなら殺されたい、かな」
「殺されたい?」
男の口から紡がれた言葉の意味がわからなくて、思わず反復してしまった。『死にたい』というのならわからなくもないが、『殺されたい』というのはどういうことだろうか。
「そう。ボクは君の人形にしてって言ったけど、それは自殺願望からじゃない。他人に殺されたいっていう“他殺願望”からなんだ」
結局、死にたいっていうことに変わりはないけどね、と言って男は苦笑した。
自分で自分を殺すならそれは自殺だが、他人に自分が『殺される』なら、それは確かに他殺だ。同じ死にたがりやでも後者を選ぶ人はほとんどいないだろう。何故なら、自分を『殺してくれる』ための『他者』が必要になるからだ。その点、ぼくはすでに手の汚れた快楽殺人者だから、ぼくに『殺して』と頼むのはある意味正解なのかもしれない。
しかし、この男の何がそんなに死へ向かわせるのか、ましてやどうしてぼくに殺されたいのか、ぼくにはまったくわからなかった。
でも、
「どう? ボクを殺してくれる気になった?」
「いや、全然」
「ええー?」
ああ、そうだ。この男がどうして死にたいのか、なんてどうでもいい。だって、ぼくは死にたがりやは殺さないのだから。