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紅い月が叫ぶ夜に  作者: 久遠夏目
第二章 蒼い月が嘆く夜に
19/58

05


 予感はいつしか確信へと変わり、

 追憶はいつしか現実へと変わる。


       * * *


「君が死神? まったく、君は本当に面白いね」

「どうもありがとう。でも、こんな非現実的なことを聞いても驚かないなんて、さすがだね」

「驚いたところで何も変わりはしないからね。ありのままの現実を受け入れるだけだよ」

「ふふっ、やっぱり君のほうが面白いよ」


 今、僕の目の前には、死神と僕以外の人間が普通に、何の違和感もなく会話をしているという、何とも奇妙な光景が広がっていた。

 いや、僕にはどちらも視えているのだから、二人の人間が会話しているようにしか見えないのだけれど――僕のほうが違和感を覚えているのは何故だろうか。


「君、どうかした?」

「う、わあっ!?」

「あはは、何その反応」


 ボーっとしていた僕の目の前に、ひょっこりと現れた死神の顔。それがあまりに近かったので、僕は変な声を出してしまった。

 その反応を心底愉快そうに笑い、死神はまたすぐに僕ではないもう一人の人間のほうへと戻っていく。


「でも、おかしいなあ。ボクは彼にしか視えないはずなんだけど」


 何事もなかったかのように会話を続けながら、死神はちらりとこちらに視線をよこした。


「ぼくに視えるなら、君の同僚にも視えるんじゃないのかい?」

「ああ、彼はダメだった。一回彼のところに行って、肩に乗ったり書類を浮かせてみたりしたんだけど、全然視えてないみたい」

「そんなことしたの?」

「うん。『ユーレイだあ!』とか言って、反応は面白かったけどね」


 そう言って、死神はけらけらと笑った。どこの誰のことを言っているのかは知らないが、かわいそうに。この男、天使の微笑み(と言っても作り笑いばかりだけど)を浮かべるくせに、ぼくへの仕打ちも含めて中身は悪魔だ。


「それにしても、君は相変わらずだね」

「うん。相変わらず元気だよ?」

「その、作り笑いもね」

「ボクは演技がヘタだからね」

「ああ、そうだったね」


 ふふっ、と楽しそうに笑う死神と、穏やかな笑みを浮かべる男の人。どうやらこの人は僕と同様に、この死神の作り笑いに気付いているらしい。しかも、死神本人の公認のようだ。

 しかし、談笑を続けるのは構わないが、ここは一応僕の部屋だ。何故、家主が蚊帳の外に置かれなければならないんだ?


「あのー……」

「ん?」


 勇気を出して口を挟むと、二人が同時にこちらを向いた。その際、死神じゃないほうの男の人には鋭くにらまれた(気がした)ので、僕は一瞬たじろいでしまった。が、頑張れ自分。


「ど、どちら様で?」

「ああ、そっか。紹介がまだだったね。彼はね、ボクを殺してくれた人、だよ」

「……は?」


 死神の口からあまりにもあっさりと、しかしはっきりと放たれた爆弾発言。どこまで軽いんだ、その口は。


「あんたを殺してくれた、って……あの、さっき話してた快楽殺人者の『彼』?」

「アッタリー」

「ちょっと君、ぼくのことをどんなふうに話したの?」

「さあ?」


 にこり、死神が表面上は悪意のなさそうな笑みを浮かべると、その快楽殺人者だという男の人はあきらめたようにため息をついた。

 一方の僕はというと、思考回路がショート寸前である。


「……ほ、ホントウにあなたがこの死神を殺したんですか?」


 震える口を開き、どうにか言葉を紡ぐと、彼は気だるそうにつぶやく。


「……まあ、ね」

「――っじゃあ、僕も殺してください!」


 はじけるように僕の口から出たセリフ。これには死神も、快楽殺人者の彼も瞠目したが、一番驚いていたのは、僕自身だった。今、僕は何と言った?


「君、死にたいの?」

「……はい」


 少し躊躇いがちに、しかし力強く肯定すると、快楽殺人者の彼はどこか哀しそうなカオをして微笑んだ。


「残念だけど、死にたがりやは殺せないよ」

「え、あ、ちょっ……」


 彼は静かにそう告げると、部屋を去ってしまった。

 バタン、と閉められたドアを呆然と見つめながら、自問自答をする。僕は確かに死にたいけれど、死神みたいに「他殺願望」なんていう思考は持ち合わせていないはずだ。なのに、どうして僕はあんなことを言ってしまったんだろう――?


「ね、ボクの気持ちが少しわかったんじゃない?」


 すべてを見透かしたように、死神が笑う。

 他殺願望というものを理解したわけではない。だけど、あの人になら殺されてもいいと、あの人なら僕を殺してくれると、確かにそう思ったんだ。




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