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紅い月が叫ぶ夜に  作者: 久遠夏目
第二章 蒼い月が嘆く夜に
18/58

04

 今夜は紅い月だ。

 予感、が、した。


       * * *


 僕と死神は並んで夜の街を歩いていた。と言っても、彼は僕以外の人間には視えていないので、他人からすれば僕は一人で歩いているように見えるだろう。

 しかも、死神は浮いていて、実際に地面に足をつけて歩いているのは僕だけなので、他人から見た光景もあながち間違いではないのかもしれない。

 ふわり、と生ぬるい風が肌を撫ぜる。梅雨明けの七月半ばは、夜といえども気温が高い。パタパタと手であおいでみても、何の慰めにもならなかった。


「あんたはいいね。暑さとか感じないんだろ?」

「うん。まあね」

「ずるいなあ……僕も早く死にたいよ」


 そしたら、暑さも寒さも感じなくなるのに。それ以前に、死んだら温度を感知する脳はもう存在しないけれど。

 すると、死神はにこりと笑った。


「まだダーメ」


 まだダメって、じゃあ、いつならいいんだよ? 僕はいつになったら死ねるのさ?

 ――いや、そんなこと考えるだけムダだ。この男が、死神がそう言ううちは、絶対に死ねないのだから。

 それにしても、相変わらず完璧な作り笑いだ。ずっとそんなことをしていて疲れないのだろうか、とある意味尊敬する。――まあ、僕にもそんな時代があったけどね。

 そういえば、この男には聞きたいことがまだ山ほどあったんだと思い、僕は口を開いた。


「ねえ」

「ん?」

「あんたは、いつ殺されたの?」

「あはは、ストレートだね、君は。でも、その問いかけは正しくないよ?」

「……あんたが、『死ねた』のは、いつ?」

「ふふっ、アタリ。ボクが『死ねた』のは二ヶ月前だよ」


 そう告げた死神は、満足そうな笑みを浮かべた。

 他殺願望だったなら、「殺された」というのが正しいのではないかと思ったが、もとをただせばこの男も死にたがりやなわけで、僕への嫌味もこめて「死ねた」という表現が正しい、ということなのだろう。くそ、ホントにムカつく男だな。

 しかし、彼が「死ねた」のが意外と最近だということに驚いた。


「じゃあ、あんたを死なせてくれた快楽殺人者、だっけ? は、今どうしてるの?」

「……さあ?」


 わずかな間を置いて返ってきた答えと、いつもより少し低めの声に違和感を覚える。この死神と「彼」はどのような関係だったのだろうか?

 そんな疑問が頭に浮かんだ瞬間、ふとかすかにあるニオイが鼻をくすぐった。このニオイは――


「え?」


 気がつくと、さっきまでトナリにいたはずの死神が数メートルも先にいた。何やってるんだ、僕を置いていくなんて、いい度胸じゃないか。


       * * *


 ――「彼」だ。

 あの後ろ姿、このかすかな血のニオイ。見間違えるはずがない。いつも彼のあとをつけて、仕事帰りをよそおっては殺しが終わった彼の前に現れていたのだから。でも、きっと君は気付いていただろうね。ボクはウソが下手だから。

 死神になっても、生きていたときの記憶はすべて残っていた。だから、居候させてもらったマンションの場所も憶えていたけれど、行かなかった。行っても彼には視えないだろうし、万が一、視えたとしても、どんな態度をとればいいのかわからない。

 それなのに、どうしてボクは彼を追いかけているのだろうか。また彼の目の前に現れて、どうしようっていうんだ?

 それでもボクは「彼」を追いかけて、追いつくまであと数メートルというところで、ピタリと足を止めた。

 ――今さら彼に会ったって、どうしようもない。

 あきらめてきびすを返そうとしたそのとき、「彼」がゆっくりと振り向いた。


       * * *


 死神は意外と足が速く、僕は少々息を切らせながらも、ようやく彼を視界にとらえることができた。こちらに背を向けて止まっている死神には実体がないので、次々と人がその身体をすりぬけていく。まるで彼の時間だけが動いているようだった。

 僕がさらにその先に目を向けると、そこには一人の男の人が立って――いや、「立ち止まって」いた。

 しかし、その状況は、どう考えてもおかしい。周りの人が歩みを進める歩道の真ん中で、その流れに逆らって、その男の人は何を立ち止まる必要があるのだろうか。

 そして、さらにおかしなことに、その人は真っ直ぐにこちらを――いや、僕の前方にいる死神を、見つめていたのだ。


       * * *


 ドクン、と心臓が――死んでしまったボクにそんなものはないけれど――跳ねた気がした。

 どうして「彼」は振り向いた? しかも、ボクの勘違いでなければ、その瞳は真っ直ぐにこちらを見据えている。

 ボクはもう人間じゃない。死神なんだ。「彼」に視えるはずがない。なのに、どうして。どうして「彼」とボクの目が合い、その眼にボクが映っているんだ?

 ねえ、もしかしてホントウに、


「ボクが、視えてるの……?」


 そちらに聞こえるか聞こえないかの小さな声でつぶやくと、彼は懐かしさすら感じさせる不敵な笑みを浮かべた。


「ああ、久しぶりだね。君、ぼくに殺されたんじゃなかったっけ?」


 ――ああ、また出逢ってしまったね。ボクを、殺してくれた人。




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