03
匯る、メグル、めぐる。
廻る運命の中で、今日も地球は廻っている。
* * *
「君ってさあ、ホントに死神なの?」
「アレ? まだ疑ってるの? 君もしつこいなあ」
いいかげんあきらめたら? と、ケラケラと笑うこの男――「自称死神」は、僕の目の前に現れたあの日から、僕の部屋に住みついていた。
と言っても、彼は人間ではないので生理現象とは無縁だし、新たに部屋を用意する必要もなかったので、あまり窮屈になったとは感じなかったけれど、僕には彼が視えているし、会話もするので、やっぱり一人暮らしとは違う気がする。
ふと顔を上げると、男と目が合い、彼はすかさずにこり、と笑った。相変わらず完璧な作り笑いだ。
「君は考えてることが顔に出やすいね。一人で百面相してたよ?」
「その原因はあんたなんだけどね」
「おや、あんたとは口が悪い」
「あんたなんてあんたで十分だよ」
「酷いなあ」
そうぼやいて苦笑する彼。――そんなこと、微塵も思っていないくせに。
心の中で悪態をついて、僕はため息をついた。
「あんたが人間じゃないってことは認めるよ。でも、だからといって死神だとは限らないから認められない」
「うーん、どうしたら認めてくれる?」
「そうだな……たとえば、鎌とか羽根とかないの?」
「あははっ、ボクも最初はそう思ったけど、残念ながら鎌も羽根もないんだよね。――『創まりの死神』以外は」
「創まりの、死神……?」
「ああ、まあ君には関係ないことだから、気にしなくていいよ」
そうして男はまたにこりと笑ったが、関係がないのなら言わないでほしい。ていうか「創まりの死神以外は」ということは、「創まりの死神」と、それ以外の死神がいて、つまり、少なくとも彼以外にもう一人は死神がいるということだろうか。さっきは認めないと言ったけれど、そんな専門用語も出てきてしまったら、この男が本当に死神だと認めざるをえなくなってきた気がする。
「アレ? どうしたの? 顔色が悪いよ?」
額に手をあててうつむいたぼくに目ざとく気付き、死神はまたくすくすと笑みをこぼした。
ああ、もういいや。この男は死神だ。うん、もうそれでいいよ。
「あんたのせいだよ」
「ええー? 責任転嫁はよくないよ?」
何が責任転嫁だ。純度百パーセント、完璧にあんたのせいだよ。
でも、この男には実体がないので触れることができず、怒りをこめて叩いたり殴ったりすることはできない。そう、彼はユーレイのような――
「ねえ」
「何?」
「あんたってもとから死神だったの?」
「まさか。一応元人間だよ」
「じゃあ、どうして死神になったの?」
僕がそう尋ねると、男は先ほどとは打って変わって、哀しそうな笑みを浮かべた。
「聞きたい?」
「うん」
真剣にうなずいた僕を見て、死神ははあ、と一つため息をこぼしてから穏やかに語り始めた。
「ボクもね、生前は君と同じで死にたがりやだったんだ」
「え、じゃああんたも自殺……」
「ううん。ボクは自分ではどうしても死ねなかったから、他人に殺してほしかったんだ。言うなれば、『他殺願望』かな」
「他殺願望」――? 確かに自分を殺すことが自殺なら、他人に殺されることは他殺だ。だけど、それを望むなんて理解できない。死にたいのなら、さっさと自殺すればいいのに。この男、本当は死ぬのがこわかっただけなんじゃないのか?
「ねえ、あんたは――」
「そして、ボクは出逢ったんだ」
「え、シカト?」
「ボクを殺してくれる人に」
「え?」
キレイにシカトされたことは、そのセリフとともにどこかへ消えてしまった。何だ、その衝撃発言は。
僕があんぐりと口を開けて呆けているのも構わず、死神は先を続ける。
「その人――『彼』は快楽と血を求めて、何人もの人間を殺した快楽殺人者でね。とても面白い人間だったよ」
「は?」
「どうして人を殺すの? って聞いたら、人間は全部自分の人形なんだから、自分で自分の人形を壊しても何の問題もないだろ、って言うんだ」
ね? 面白いでしょ? と死神は笑ったが、僕には理解できなかった。そもそも、快楽殺人者というものが現実に、しかもこの国にいることすら信じられないというのに。
「そ、それで? 本当に殺されたの?」
「彼も一筋縄じゃいかなくてね。自分が求めているのは恐怖と痛みに歪むカオと、飛び散る緋色の鮮血だから、死にたがりやは殺せないっていうんだよ」
「でも、あんたはこうして死神になってるよね?」
「まあ、最終的には殺してもらえたんだ」
そう言ってこぼした死神の微笑みは、どこか哀しそうだった。どうして、自分が望んでいたことなんだろう? 僕はどんな形であれ、死ねたあんたがうらやましいよ。
「ま、それで気がついたら、いつの間にか死神になってたんだよね」
「そんなアバウトな……」
「あはは、ごめんね。――でも、ようやく死ねると思ったのにな……」
死神の小さなつぶやきを、僕は聞き逃さなかった。だけど、それについて僕は言及しなかった。何となく、聞いてはいけない気がしたから。
それにしても、他殺願望に快楽殺人者、か。僕にはやっぱり理解できそうにない。




