表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紅い月が叫ぶ夜に  作者: 久遠夏目
第二章 蒼い月が嘆く夜に
17/58

03

 匯る、メグル、めぐる。

 廻る運命の中で、今日も地球は廻っている。


     * * *


「君ってさあ、ホントに死神なの?」

「アレ? まだ疑ってるの? 君もしつこいなあ」


 いいかげんあきらめたら? と、ケラケラと笑うこの男――「自称死神」は、僕の目の前に現れたあの日から、僕の部屋に住みついていた。

 と言っても、彼は人間ではないので生理現象とは無縁だし、新たに部屋を用意する必要もなかったので、あまり窮屈になったとは感じなかったけれど、僕には彼が視えているし、会話もするので、やっぱり一人暮らしとは違う気がする。

 ふと顔を上げると、男と目が合い、彼はすかさずにこり、と笑った。相変わらず完璧な作り笑いだ。


「君は考えてることが顔に出やすいね。一人で百面相してたよ?」

「その原因はあんたなんだけどね」

「おや、あんたとは口が悪い」

「あんたなんてあんたで十分だよ」

「酷いなあ」


 そうぼやいて苦笑する彼。――そんなこと、微塵も思っていないくせに。

 心の中で悪態をついて、僕はため息をついた。


「あんたが人間じゃないってことは認めるよ。でも、だからといって死神だとは限らないから認められない」

「うーん、どうしたら認めてくれる?」

「そうだな……たとえば、鎌とか羽根とかないの?」

「あははっ、ボクも最初はそう思ったけど、残念ながら鎌も羽根もないんだよね。――『創まりの死神』以外は」

「創まりの、死神……?」

「ああ、まあ君には関係ないことだから、気にしなくていいよ」


 そうして男はまたにこりと笑ったが、関係がないのなら言わないでほしい。ていうか「創まりの死神以外は」ということは、「創まりの死神」と、それ以外の死神がいて、つまり、少なくとも彼以外にもう一人は死神がいるということだろうか。さっきは認めないと言ったけれど、そんな専門用語も出てきてしまったら、この男が本当に死神だと認めざるをえなくなってきた気がする。


「アレ? どうしたの? 顔色が悪いよ?」


 額に手をあててうつむいたぼくに目ざとく気付き、死神はまたくすくすと笑みをこぼした。

 ああ、もういいや。この男は死神だ。うん、もうそれでいいよ。


「あんたのせいだよ」

「ええー? 責任転嫁はよくないよ?」


 何が責任転嫁だ。純度百パーセント、完璧にあんたのせいだよ。

 でも、この男には実体がないので触れることができず、怒りをこめて叩いたり殴ったりすることはできない。そう、彼はユーレイのような――


「ねえ」

「何?」

「あんたってもとから死神だったの?」

「まさか。一応元人間だよ」

「じゃあ、どうして死神になったの?」


 僕がそう尋ねると、男は先ほどとは打って変わって、哀しそうな笑みを浮かべた。


「聞きたい?」

「うん」


 真剣にうなずいた僕を見て、死神ははあ、と一つため息をこぼしてから穏やかに語り始めた。


「ボクもね、生前は君と同じで死にたがりやだったんだ」

「え、じゃああんたも自殺……」

「ううん。ボクは自分ではどうしても死ねなかったから、他人に殺してほしかったんだ。言うなれば、『他殺願望』かな」


 「他殺願望」――? 確かに自分を殺すことが自殺なら、他人に殺されることは他殺だ。だけど、それを望むなんて理解できない。死にたいのなら、さっさと自殺すればいいのに。この男、本当は死ぬのがこわかっただけなんじゃないのか?


「ねえ、あんたは――」

「そして、ボクは出逢ったんだ」

「え、シカト?」

「ボクを殺してくれる人に」

「え?」


 キレイにシカトされたことは、そのセリフとともにどこかへ消えてしまった。何だ、その衝撃発言は。

 僕があんぐりと口を開けて呆けているのも構わず、死神は先を続ける。


「その人――『彼』は快楽と血を求めて、何人もの人間を殺した快楽殺人者でね。とても面白い人間だったよ」

「は?」

「どうして人を殺すの? って聞いたら、人間は全部自分の人形なんだから、自分で自分の人形を壊しても何の問題もないだろ、って言うんだ」


 ね? 面白いでしょ? と死神は笑ったが、僕には理解できなかった。そもそも、快楽殺人者というものが現実に、しかもこの国にいることすら信じられないというのに。


「そ、それで? 本当に殺されたの?」

「彼も一筋縄じゃいかなくてね。自分が求めているのは恐怖と痛みに歪むカオと、飛び散る緋色の鮮血だから、死にたがりやは殺せないっていうんだよ」

「でも、あんたはこうして死神になってるよね?」

「まあ、最終的には殺してもらえたんだ」


 そう言ってこぼした死神の微笑みは、どこか哀しそうだった。どうして、自分が望んでいたことなんだろう? 僕はどんな形であれ、死ねたあんたがうらやましいよ。


「ま、それで気がついたら、いつの間にか死神になってたんだよね」

「そんなアバウトな……」

「あはは、ごめんね。――でも、ようやく死ねると思ったのにな……」


 死神の小さなつぶやきを、僕は聞き逃さなかった。だけど、それについて僕は言及しなかった。何となく、聞いてはいけない気がしたから。

 それにしても、他殺願望に快楽殺人者、か。僕にはやっぱり理解できそうにない。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ