10
「君、ホントウに死にたいの?」
「アレ、まだ疑ってるの?」
酷いなあ、とそんなことは全然思ってなさそうなカオで、彼はへらへらと笑った。相変わらずウソくさい演技だ。
それはさておき、ぼくはさっき質問したように、彼が本当に死にたいのか疑問に思っていた。何故なら――
「君は待ってくれている人がいるから、死ぬのはこわくないと言った」
「言ったねえ」
「じゃあ、さっさと自殺すればいいじゃないか」
「うわあ、あっさりと酷いこと言ったね」
「事実を述べたまでだよ」
そう、彼が本当に死にたいと思っているのなら、飛び降りでも首吊りでも、自殺してしまえばいい話だ。それなのに、彼はそうしていない。しかも、生きているほうがこわいと言っていたくせに、今もこうやって生きていて、しかもぼくに殺されようとしている。――ぼくは、死にたがりやは殺せないと何度も言っているのに。
すると、彼は小さくため息をついてから、おもむろに服の袖をまくり上げた。
「何度も死のうとしたさ。ホラ」
見た目どおりの細い腕をす、と差し出されたので見てみると、その手首にあったのは、刃物で切りつけたような無数の傷跡。そう、いわゆるリストカットの痕だ。
「ボクは、死にたくても死ねないんだ」
ため息まじりに自傷癖を告白して、彼は服の袖を下ろす。
一方、ぼくには可笑しさがこみ上げてきた。くつくつとのどから笑い声が漏れる。
「どうしたの? 急に笑い出して……すごく不気味なんだけど」
「ああ、いや。とても可笑しくてね」
「人の不幸を笑うなんて酷くない?」
「君はとても滑稽だよ。死にたいなんてウソなんだろう?」
「……ウソ?」
怪訝そうな表情をこちらに向けた彼を、ぼくは見下すような目で見る。
「リストカットは自殺には向いていない。むしろ、その痛みで生きていることを実感するために、生きていたい人間がすることだ」
「……それは一般論じゃないかな」
「それに、その傷の大半はためらい傷なんじゃないのかい? 君は、生きていたいから躊躇ったんだ」
「そんなこと……」
ない、といつもの作り笑いで言おうとしたのだろうが、ぼくがにらみつけるようにして彼を見ていたので、彼はごくりとつばを飲んで押し黙った。それを見て、ぼくは先を続ける。
「それに、死にたいのなら、一番確実なのはその拳銃で頭を撃ち抜くことだ。口にくわえて引き金を引けば、即死できるよ?」
「……うるさい……」
「それなのにそうしないってことは、君――」
「ちがう……」
ニィ、とぼくは嗤った。
「ホントウは、死にたくなんかないんだろう?」
「違う!」
夜の静寂を破るような叫び声が部屋に響く。大声を出した彼は、肩で息をしながら震えていた。へえ、とうとう本性をあらわしたか?
「違う、違う……ボクは死にたいんだ……生きていたくなんか」
「いいよ。そんなに生きていたいのなら、殺してあげる。君の望んだ“死”だ」
そう言うと同時に、ぼくはポケットに忍ばせてあったナイフを取り出し、震えている彼の肩を掴んでソファーに押し倒す。そして、流れるような動作で、そのナイフを喉元に突きつけてやった。彼は恐怖におののいているのか抵抗は見せず、カオを隠すようにして震えているだけだった。
「泣き叫んでくれたら最高だったんだけどね。まあ、死にたがりやの君が震えているだけでも十分か」
そして、ナイフを振りかざした刹那――彼の表情がハッキリと見えた。
「――ああ、ようやく殺してくれるんだね」
そのカオは恍惚としていて、至極嬉しそうに微笑んでいるではないか。
ああ、なんてことだ。この男は恐怖で震えていたのではなく、笑いをこらえていたために震えていたのだ。それは、ようやく死ねるという嬉しさか、それとも、ぼくがだまされたということに対する可笑しさか――まあ、そんなことはどちらでもいい。この時点で、彼は死にたがりやに戻ってしまったのだから。
ぼくは振り上げた手を下ろしてナイフをしまい、彼から離れた。
「アレ? 殺してくれないの?」
「ああ、死にたがりやは殺さないよ」
「ありゃりゃ。ちょっと早かったかな?」
上体を起こした彼がにこり、と作り笑いをよこした。それはいつもの彼だった。
では、さっきまでの彼は、誰だ? 生きたいのか死にたいのか、ホントウの彼はどちらなのだろうか。
「君、ホントウに死にたいの?」
ぼくがもう一度そう聞くと、彼はやはりにこりと――しかし、どこか哀しげに――微笑んだ。
「もちろん。ボクは早く君に殺されたいんだ」
さて、真実はどこにあるのだろうか。




