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翌年、その日は終戦記念日となった

初投稿作品です。テーマは自由意思とドッキリ大作戦。テッテレー ダイセイコウ!

 その後終戦記念日と呼ばれるようになるある日、スウェインは26歳で、タイタンズのファンで、水虫で、"西"国の戦闘機乗りだった。


 はじめっからおかしいと思っていた。作戦名は「クジャク作戦」。スウェイン機単独での秘密作戦であり、スウェイン本人の10倍は戦場を経験している戦闘爆撃機・通称「黒ヤギ」には詳細不明の対地爆弾が一発だけ搭載されている。

 "南"の領空に侵入するまであと約12分。日が沈んで間もない空と地球の丸さを実感させる海はもう完全に溶け合っていて、視線を上げると無数の星がよく見えた。


「どうして俺なんですか?」

 出撃が言い渡されたとき、当然スウェインは上官であるフィリップ大尉に尋ねた。この戦争におけるスウェインの撃墜数は僅かに2。そのたった二つの星も奇襲によるもので、そもそもスウェインには戦闘機乗りとしての経験が圧倒的に足りていなかった。

「作戦を遂行するのは誰だっていいんだよ。いや本当。誰でもいいから適当に君を選んだ。何か文句があるかね?」

 質素な中隊長室の質素な椅子に座り、質素な煙草をくゆらせながらフィリップは言った。フィリップはカエルとカバの中間のような顔をした小男だが、軍人にしては悪意がなくスウェインは彼のことを嫌いではなかった。

「俺にはそれほど単純な作戦のようには思えないのですが」

「いやいや、これ以上なく単純な作戦だよ。ただ一直線にポイントまで飛んで行って、一発だけ投下して、また一直線に戻ってくる。はっきり言うと、必ず成功するんだ。あぁ、誤解の無いよう言っておくが、カミカゼじゃあないぞ。それは保障する。念書を書いてもいい」

 なんだこいつ、とスウェインは思った。 

 スウェインは直立し敬礼すると黙って中隊長室を出て行った。スウェインの去った部屋の中でフィリップは煙草の火を消し、その大きな口の端を上げて笑う。


 スウェインの乗る「黒ヤギ」のコックピットには彼の私物が満載されている。それらは全て、彼の好きなものだ。コックピットがいつ棺桶になってもいいように、戦闘機乗りたちは自室以上に落ち着く場所になるよう工夫する。出撃の命令が下るたびにスウェインはタイタンズのユニフォームを握りしめ、古い熊のぬいぐるみを膝に乗せて空を飛んだ。

 公空と"南"の領空との境界は目の前に迫っていた。スウェインは今もタイタンズのひいきの選手のユニフォームを握り、熊のぬいぐるみを太腿で挟んでいる。視界には哨戒機はおろか、偵察のヘリさえ見当たらない。

 妙だな、とスウェインは思った。彼の予想ではずっと手前で"南"の哨戒機に見つかって、今頃は海の底でばらばらになった手足を魚につつかれているところのはずだった。

 この作戦が妙なのは今に始まったことじゃないか、と操縦桿を握りなおす。「黒ヤギ」は"南"の領空に侵入するところだった。


 クジャク作戦決行前日の夜、スウェインは珍しく机に向かっていた。小汚い兵舎の狭苦しい一室に、ペンが紙面を走る音が響く。スウェインは遺書を書き直していた。あんまりにもあんまりな内容の作戦を命じられ、自分が生きて帰ることは十回に一回も無いと考えていた。

 入隊した時に書いた遺書は読み返してみるとあまりに間が抜けていて、こんな文章を残したまま得体のしれない任務に就くのはすっきりしなかった。鼻から大きく息を吐き出し罫線だけのシンプルな便箋にペン先を乗せると、すらすらと言葉が出てくる。10年も前に故郷を離れ、恋人もいないスウェインにとってそれは意外なことだった。

 一時間ほどで便箋は文字で埋まった。自分でもなかなか殊勝な文句が書けたと思う。スウェインは雑な手つきで便箋を封筒にしまうと、机の上に置きっぱなしにして明日の作戦のことを考えた。

(単独で敵の真上に突っ込んで、一発だけ爆弾を落としてくるなんてなんとも奇妙な、作戦とも呼べないような作戦だ。いかにも政治の臭いがするぞ。これは記録に残るような作戦ではないな、俺が死んでから始まる政治的な作戦のきっかけに過ぎないんだろう。おそらく俺は死ぬんだろうから、最後にフィリップの野郎を一発ぶん殴ってやればよかった。)

 スウェインには学は無いし戦闘機乗りの才能も無かったが、妙に勘の冴えるところがあった。彼は作戦当日、攻撃目標の上空に達するまでこの勘を信じ続けた。

 ちなみに、この作戦はのちに"西""南"両国の歴史の教科書に載ることになる。


 スウェインの目にいよいよ攻撃目標である"南"の港町の明かりが見えてきた。爆弾の落下予定地点はこの港町の中央広場である。相変わらず敵に発見された様子はない。好きな菓子の空袋や初めて小遣いで買った漫画雑誌を押しのけて誇りまみれの無線機に手を伸ばす。同時に距離と速度を確認。

「こちらSとG。目標地点を確認。周辺空域に敵影は無し。エンゲージは約3分30秒後」

 フィリップの声。

「よろしい。3分後にこちらから連絡する。特等席で見られるお前が羨ましいよ。帰ってきたら感想を聞かせてくれ」

「了解」スウェインはそれだけしか言う気になれなかった。無造作に通信を切る。フィリップはあんな男だったか?

 

 港町の明かりが大きくなる。活気のある街だ。千年近く昔から貿易で栄え、様々な国の文化が交じり合った歴史ある街だった。街の至る所に噴水があり、夜には並んだ無数の屋台からそれぞれ独自の音楽が鳴り響く幻想的な風景を開戦前テレビで見たことを覚えている。

 スウェインは唐突にあの明かりの下でたくさんの人々が生活していることを意識した。ちょうど夕飯時だ。あの一つ一つの明かりの下では家族が食卓を囲んでいて、子どもが最近ジャガイモばかりになってきた料理に文句を言ったり、母親が赤ん坊に食べさせるスープに息を吹きかけて熱を冷ましていたり、父親がジャガイモをつつきながら酒をちびちびやっていたりするのだろう。

 「黒ヤギ」が爆弾の落下予定地点上空を通過するまで1分を切ったとき、今度は"南"の爆撃機が"西"の旧都に大規模な無差別空襲を行った日のことを考えた。スウェインは一週間以上ぶっ続けでニュースが空襲の様子を放送していたことを覚えている。あの日のあの時も夕飯の時間だったはずだ。子どもが皿を並べて母親に褒められたり、母親がコショウを切らしているのに気が付いたり、父親が最寄りの商店へ走ったりしていたのだろう。

 "西"の旧都は美しい街だった。芸術の街として知られたそこには由緒ある庭園や美術館が数多く残っていて、街の北側にある山の展望台からは運河の両岸に拡がる市街の夜景を見渡すことができた。この景色をスウェインは贔屓目なしに世界一だと思っていた。展望台から見た旧都の現在の姿はというと、緑色は全く消え失せ、神様がボウリングのレーンとして使ったかのようにすべてがぺしゃんこになっている。


 電子音。

 ぐるぐると考え事をしていたスウェインは反射的に無線機をつかんだ。

「こちらSとG」

「目標上空に達したら予定通り投下してくれ。最後になにか質問は?」

「俺がもしこいつを落とさずに、このままUターンして帰ってきたらどうなりますか?」

 フィリップは即答した。

「君が自由意思をもってそうするならどうもしないさ。中隊長室にいる私には君をどうすることもできない。でも、たぶん君は投下ボタンを押すだろうね」

 ぶつり、とノイズを残して通線が切れた。港町の中央公園上空までの距離は1000。スウェインは「黒ヤギ」の速度を限界まで落とし、震える指でパスワードを入力して投下ボタンのロックを解除する。


 脳がぐらつく。視界がぼやけ、夜の海と街の人工的な明かりの代わりに両親の顔が浮かんだ。今この瞬間にも"南"の誰かが故郷の空から爆弾を落とそうとしているのかもしれない。残り距離500。


 喉が乾いている。口の中は砂でうがいしたかのように水分が失われている。指だけでなく両足までがくがく震えはじめ、腿に挟んでいた熊のぬいぐるみが落ちた。残り距離100。


 投下ボタンに指を乗せる。ここにきて思い出した、あれだけ気合を入れて書いた遺書は今着ている飛行服のポケットに入れっぱなしだ。残り距離30。


 フィリップの言葉がちらついた。爆弾を落とすも落とさぬも俺の自由意思次第。あぁ、水虫がかゆい。残り距離0。




 




「俺はたった今、爆弾を落とすと決めたんだ」

 スウェインは握りしめた拳で思い切りボタンを押した。






 港町中央広場の上空およそ600mの高さに、鮮やかな赤と緑の巨大な華が咲いた。半径200mほど拡がったその華は光の軌跡を残しながらゆっくりと消えていく。

 一拍して、今度は地上から華が打ち上げられた。いくつもの色とりどりの華が夜空に踊る。青、黄、緑と移っていく華の色が真っ黒の海面に映し出される。港町に住む全ての人々が空に浮かんで消えていく華を見ていた。

 「黒ヤギ」は去らず、中央広場上空で旋回している。スウェインの顔も華の光に照らされていて、打ち上げられる無数の華から目を逸らすことはない。


 こうして、自由意思を持って虐殺を決めた男はのちに平和の使者と呼ばれることになる。






 

なんかよくわかんない話に仕上がりました。

次はもっと軽くて会話の多いものを書きたいと思ってます。

読んでくださったみなさんありがとうございました。

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