幽霊バスはどこへいく
あら、おじさんどうしたの。キョロキョロしちゃって。え? ああ、お席ね。座れなくって困ってるのね。
ふふ、大丈夫よ。もうすぐ座れるわ。
え、何故かって? うん、あたしにはわかるの。あたしの隣に座ってる人、きっと次にこのバスがとまったとき降りるわ。
あら、とまったわ。……ほーら、あたしの言ったとおりでしょ。おじさん、ここに座ればいいわ。
ね、ね。おじさんはどこまでいくの? へえ、〇〇病院に? ずいぶん遠くまでいくのねえ。奥さんのお見舞いにいくの。そうなの……。奥さんはずっと病気で入院してるのね。
ガタン……。バスが揺れた。
ずいぶんお席があいたわね。え? お嬢ちゃんはどこに行くのか、ですって? お嬢ちゃんだなんて、しっつれーい。ちゃんとキミ子って名前があるのよ、あたし。ぷん、だ。
え? ちっちゃいのにやけに古めかしい名前だねって? いやだ、あたし見た目ほど子どもじゃないわ。
あ、またとまったわ。このバス、とまるたびにガタンって揺れるの、好きじゃないわ。……ねーぇ、奥さんのお見舞いには、はじめていくの? え、違うの。へえ、しょっちゅう。優しいね。おじさん。
また、バスが揺れた。
おじさんは、このバスには乗ったことないの? そう。いつものバスをのがしちゃったのね。それでこのバスに乗ったの。そうなの……。
ね、おじさん、気づかない? このバス、降ります、ってボタンがないでしょ。でも、毎回とまって、毎回一人以上降りる人がいるわよね。乗るときに気づいた? 行き先表示も、なかったでしょ。あ、それは気づいてたんだ。やっぱり変だなって思ってたのね。
ほら、まわりをよく見てよ。だぁれもいなくなっちゃったよね。乗ってるのは、あたしと、おじさんだけ。運転手さんは、べつだけど。みいんな、降りたの。あら、またとまったわ。
ドアが開いた。目的地まではまだ程遠く、降りるわけにはいかなかった。しばらく後、ゆらり……人影が動き、バスから降りた。
おじさん、何を怯えているの? え? なんでバスが動くのかって。いやだ。お客さんが乗ってるからに決まってるじゃない。
バスは走る。運転手のいなくなったバスは、ゆっくりと走ってゆく。生き物のように、意思をもって。揺れ蠢くバスの中、妻の顔が浮かぶ。すまない。今日は見舞いに行くことは出来ないかもしれない。眼を閉じ、ため息をつくと同時にバスが揺れた。
バイバイ、おじさん。バスがいっぱいになるまでずっとそこにいてね。
停まることのないバスは走りつづける。