097
駐車場が四台分もある光太郎の家に比べると
小さいけど 大きな家だった。
言われた通りに車を停めて外に出ようとした時だった。
「待って……」
私は思わず 光太郎の手をとった。
「ん?何?」
心臓が口から出そうになっていた。
隣の家から出てきたのは 秋杜だった。
私は息をのんで 秋杜の姿を見ていた。
秋杜はポケットから携帯を取り出して何かをしていた。
こんなとこ…見られたら大変だ……
歩きかけた秋杜だったけど その時信じられない光景が
目の前で 繰り広げられた。
私の携帯音が鳴って 私は慌てて携帯を開いた。
『ごめん盛り上がっちゃって…起きたのはさっきで……。
これから帰るよ。何も用意できなかったから…とりあえず帰る。
俺のことは気にしないでゆっくりしてきな。』
そっか…ここは友達の家なんだ……
その時だった 家の門から女が飛び出してきて
そして履いていたサンダルが脱げて 転んだ。
秋杜は一瞬 ふり向いたけどそのまま行こうとすると
女はサンダルを脱いで 裸足で雪の中を走って秋杜の背中に抱きついた。
「うわ…なんかドラマみたいだな…」光太郎も息をのんだ。
私の心臓は音を出しすぎて壊れそうになっている。
少し光太郎が窓を開けると声が聞こえてきた。
「お願い…お願いだから帰らないで~~」
萌・・・・・!?
萌はパジャマ姿のようだった。
秋杜は一度 萌を押し戻して 「もう帰らないと…」と言った。
萌は また激しく秋杜に抱きついて
「帰らないで~~~!!!」と泣き叫んだ。
秋杜は自分の着ていたジャンバーを脱いで萌の背中にかけた。
「秋杜~~行かないで……萌のそばにいてよ……。」
秋杜は星を仰ぐように上を見ていた。
「帰らないと……」力なくそう言った。
「ダメ~~!!!帰らないで…今晩…もう一日だけ一緒にいて!!
明日は…帰っていいから……お願い…一人にしないで……」
しがみつく萌を……
萌を…秋杜が抱きしめた時 私の体は一気に冷たくなった。
友達と一緒だって…言ったよね……。
秋杜は萌をお姫様だっこして私の目の前に転がってるサンダルを拾った。
秋杜・・・
そして萌と家の中に消えていった。
しばらく茫然としているとメールがまた来た。
『もう一日泊まってく。帰ったら詳しく話すよ。マジ…ごめん』
頭を殴られた気がした……。
「春湖?」
光太郎に呼ばれて ハッとした。
「痛いよ・・・・。」
光太郎の手を握っている右手に気がついて離した。
「ごめんなさい……。」
光太郎の手はは色が変わっていた。
「飯・・・・食べようよ・・・・。」
「ごめんなさい…ムリかも……。
私…きっと泣いちゃうから………。」
私はみるみるうちに……視界が涙で曇ってきた。
「ごめんね……うん…また来た時寄るわ……。」
隣で光太郎の声を聞きながら 私は必死で泣くのを我慢していた。
「春湖?」
「ヒック!!!」大きな声が出てしまって慌てて口をおさえたけど
もう止まらなかった。
光太郎は車を出した。
私は振り向きながら 秋杜が消えた萌の家を見た。
あの家の中に・・・秋杜がいて・・・
萌と何をしてるんだろう・・・
何をしてたんだろう
想像するだけで体が震えた。
「ごめ…んな…さ…い……。家に……送って……」
光太郎は無言で車を飛ばした。
私はもう涙で何も見えなかった。
嘘つき・・・・
やっと素直に心が秋杜を求めたのに…また裏切られた……
大事なクリスマスを私より萌を選んだ……。
嗚咽と涙と鼻水で私は もう大変なことになっていた。
家に帰ったら 声をあげて泣こう……
必死に我慢していた。
しばらくして車が停まって 光太郎が助手席のドアを開けてくれた。
「すみません…でした…」
立ちあがれない私を光太郎が抱き起こしてくれて
なんとか外に出る。
「あれ…ここ…」目の前に広がるのは家じゃなくて光太郎の家だった。
「家に…帰りたかったんだけど……」
光太郎は私の手をひいて歩きだした。
「光太郎さん!!」
「おまえを一人にできないから……」
「そんな…ダメですって……」
乱暴に手を引かれて玄関に入ると 光太郎が私を抱きしめた。
「こ…何するの……?」
「泣いていいぞ。俺が受け止めてやっから……。」
「自分のことだから…いいんだって…
一人で大丈夫なの……」
「辛い時は誰かと一緒がいいよ。
一人だと死んでしまいたくなるから……。」
「私は…そんな…弱虫…じゃない……」と最後まで言えずに
もう耐えられなかった。
光太郎の胸の中で
声をあげて大泣きしていた。
まるで子供に戻ったように
遊んでいたおもちゃを秋杜に取られて
ママの胸で泣いているように……
「バカ~~秋杜のバカ~~~ぁぁ~~
嘘つき~~~~~」
光太郎の胸が私の涙と鼻水でびしょびしょになった。