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「遅いな……始まっちゃうよ……」
私は気が気じゃない。
さっきから ただカメラを片手にウロウロしてる。
「秋杜 来たか?」尚ちゃんも心配そうにやってきた。
「まだなの。間に合うっていったんだけど。」
「いつものことだよ。
あいつはいつもギリギリ間に合ってんだから。」
「うん…そうなんだけどね。
今年はいつもよりスケジュールが混んでるから……
初デビューだからね……。」
「じゃあ俺はいいシャッターチャンスを狙ってくるから。」
そう言うと尚ちゃんは足早に去っていった。
「あ~もうあと二番目じゃん~~
どうしたんだろ…秋杜ったら………。」
もう私もあきらめて所定の位置に移動しようとした時
「ごめん ごめん~~」
額に汗を一杯かいて秋杜が走って来た。
「あ~~よかった~~
尚ちゃんの言った通りだわ……早く早く~
始まっちゃうから~~!!」
人ごみをかきわけて秋杜にカメラを渡した。
「いよいよだわ……。」
乾いたピストルの音とともに 小さい塊が走って来た。
ゴール前では自分の子供に合わせてシャッターを押しまくる。
その塊から抜け出たのが 二男の慈夢
「慈夢~~~」
父母席ではパパとママと由美ちゃんが応援している。
「やっぱ俺らの子だな~~」
秋杜がにんまりと笑ってシャッターをきった。
ニ位とかなりの差をつけて慈夢が走って来た。
「ダントツだ~」
「パパ 翔夢がいるわ!!」
一位で飛び込んできた慈夢を翔夢がつかまえて
一位の列に座らせる。
六年生の翔夢は 一年生のお世話をしている。
無表情だった慈夢が翔夢に頭を撫ぜられると嬉しそうに笑った。
「いいね~兄弟愛~~
イケメン兄弟うらやましいな~」
顔見知りのママ友たちが私の背中を叩いた。
「それに~さらにイケメンなダーリンだし~
春ちゃん幸せものね~~」とため息をついた。
「そんなことないよ~~」
いつも言われるけど やっぱり気恥ずかしい。
「誠ママ 少し髪の毛伸びて来たね。予約は来週だったよね?」
秋杜が言った。
「はい~来週火曜日 伺います~~。」
誠ママは顔を赤らめた。
「お待ちしておりま~~す。」秋杜はニッコリ微笑んだ。
商売上手の秋杜は ママ友たちにも手を伸ばして
営業に精を出す。
念願のお店を持つために秋杜は 毎日予約で忙しそうだ。
オーナーの計らいで
運動会や学校行事だけはその時間 予約を入れないでくれて
なんとか毎年こうやって一緒に参加している。
手荒れした秋杜の手にクリームをすりこむのが私の仕事だった。
「幸せか?」
「もちろんよ。」
「今日は 翔夢の最後の運動会だったな~。
リレーも騎馬戦も一位とってくれて めっちゃカッコいいヤツだよな。」
荒れた手に優しくすりこむ。
「ほんと~翔夢はカッコいいよ。
母親の私でも 翔夢には惚れてしまいそう~~。」
「俺より?」
「も~~う そういうのめんどうだな~~」
いつも秋杜はそう言って息子たちにまでライバル意識を燃やす。
「春湖にとって俺が一番じゃなきゃイヤなんだって~
そのライバルがたとえ血を分けた息子でも絶対ダメ!!」
そう言うと私の唇に短くキスをした。
「バカね~~」
私もキスを返す。
「幸せよ……。可愛い宝物と素敵な宝物
私は三つも宝物を持ってるんだもん~」
秋杜と翔夢と慈夢
私の人生はこの三つの宝物を守り育てること……。
秋杜の荒れた肌は 私たちのために戦う証……。