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正面玄関に 面会ギリギリに飛び込んできた秋杜は息も荒く
ハァハァしていた。
「いいのに…ムリしなくて~」
「顔見たかったし~もう一日も離れていたくないんだから……」
秋杜の言葉がうれしかった。
「かあちゃん車に乗せてくれたからなんとか五分は顔見ていられる。
明日から制服で来るかな。これが余分にロスすんだよな。」
「ダメよ~~それはマズイわ。
それじゃなくても 弟?とか思ってるんだから……。」
「若かったらダメかよ。そこらへんのダンナなんかより
俺の方が奥さんを想う気持ちは深いんだからな。」
私は威張ってる秋杜を見ておかしくて笑った。
「まだ退院できないのか?」
「明日 先生に聞いてみる。」
「今日から騒がしいぞ。かあちゃん予約してたから
車出してもらえたけどもうみんなでき上ってる。
春パパに説教されたけどな~」
「パパが?なんて言ったの?」
「春湖を大事にしろよってさ~~
だから あたりまえだろ って答えたよ。」
「よかった~~。」
まだあの話はしていない様子だった。
私からした方がいいのか悩んだ末 結局話せなかった。
離れて暮らす……
それは私たちにとってはあまりに残酷だった。
秋杜が納得するとは思えないけど
でも・・・・秋杜のことを考えると そうした方がいいのは完全に正解だから
「どうした?」
「あ…ううん~大丈夫よ。」
「先生にさ…聞いてみて……。
赤ちゃん生れるまで……我慢しないとダメなのか……。」
秋杜が耳元で囁いた。
私も一瞬言葉を失ったけど 秋杜の目はギンギンに光っていた。
「バカね~~」
「俺にとっては…めっちゃ重要~~赤ちゃんに悪いなら耐えないとなんないし~~」
「私が聞くのは……勘弁してよ~
なんか本でもかって勉強して……あ…ネットで調べたらわかるよ……。
恥ずかしくて聞けないよ・・・・。」
「だよな~~~。ふぇ~~~
もっと前倒しで襲っておくんだったな~~。
一年くらい我慢できるように~~~。」
秋杜は前髪をかきあげた。
「まったく~~~。」私は秋杜の高い鼻を思いっきり握った。
「いて……」
「赤ちゃん……パパおかしなこと言ってますよ~
聞いてますか?」
秋杜はゲラゲラ笑った。
「パパは正常な若い男子ですからね~~
でも赤ちゃんの健康に悪いなら我慢しますよ~
エライでしょう?聞こえたか?」
秋杜は私のお腹に向かって言った。
さっきの話をきいて秋杜はなんて言うんだろう。
こうやって若いことで注目を浴びている秋杜
通りすがる人がもう一度秋杜を見返す。
「え・・・まさか・・・パパ?
高校生みたいじゃない?」そんな声だって聞こえてきた。
「俺が守るからな。
これからは春湖と子供を守っていくんだ。
頑張るからな。
もう少し 待っててくれよ。」
秋杜はそう言うと私を静かに抱きしめた。
「うん…。私は秋杜を信じてるよ。」
面会終わりの放送が流れた。
「じゃあ また明日来るからな。」
そう言うと秋杜は正面玄関に向かって歩き出した。
こんなくらいでも離れているのが辛いのに……
秋杜が卒業するまでって……長すぎるよね。
でも…秋杜のためにそれがいいなら
私は我慢するしかないじゃん……。
暗闇で手を振る秋杜が消えて 私はすごく寂しい気持ちになっていた。