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「一世さん…私帰ります……。」
一気にいづらくなった空気に私は慌てた。
他人がいるところではない 張りつめた空気が流れていた。
「あ…ごめんごめん……」
一世さんはキッチンに戻ってお土産の食材を急いで詰出した。
私はタクシーを一台頼んだ。
「どういうことだ?」社長の厳しい声
「だから今 話そうとしてたとこだよ。」
子どもたちは幸子さんにうながされて二階に上がって行った。
「自分の目を世界に向けただけだよ。
ここ何年間 時間が取れればNYに行って 芝居を見てたんだ。
あのステージに立ちたい…気持ちは膨らんでいたし
自分の可能性も試してみたいんだ。」
「それならちゃんと周りに話しを通さないと あなたが今
うちの会社でのトップスターなのよ。順序があるでしょうよ!!」
香澄さんの切れのいい言葉が響く
「おまえは俺の担当じゃないんだから 黙っとけ!!
大原にはちゃんと言ったぞ。」
「言ったぞじゃないわよ大原は社長から雷落とされるし
会社は大騒ぎよ!!何でそんなに急いでるの?
筋道つけて話合えばよかったじゃない!!」
香澄さんは仕事ができる女って感じだった。
「向こうで黙って受けてたオーディションに受かったんだ。
だから急いでる。すぐにでも行きたい。」
「ルイト・・・・・あきれるわ・・・・。
あなたって本当に…ちゃんと操縦してないとどこに向かうかわからない……。
まずはちゃんと会社と話しあって 会社をやめたら
バックアップしてくれるとこなくなるのよ。
社長にちゃんとわかってもらわないと……。
自分勝手で…周りのことなんか考えないし
あなたはいつまでもそうやって破天荒に生きて行くの?」
「俺は俺だ。
自分のやりたいことしたいことだけしたい……。
今までそんな自分をおさえてきた。社会ってそんなもんだって……。
だけど…やりたいことをしたいんだ。
一度しかない人生だろ?やっとやりたいこと見つかったんだ。」
社長は大きなため息をついてソファーに座った。
インターフォンが鳴ってタクシーが迎えにきた。
「じゃあ私…帰ります……。どうもおじゃまいたしました。」話の間を割るのが心苦しかった。
みんなが立ち上がって
「また来なさい。」と言った、
「春湖・・・・素直に生きるって結構難しいんだな。
あいつ…よく頑張ったよな。」
私に近づいて握手を求めてきた。
「それは秋杜にまだ…縛られるものが何もないから……
どっちの道で活躍されても応援しています。」
そう言うと長くて細い指が私の手を覆い隠した。
「おまえに会えてよかったよ。」
「私もです。それじゃあ……」
握手した手が静かに離れて私は玄関に向かった。
一世さんが追って来て お土産をくれた。
外まで送ってくれた。
「彼と一緒に食べなさい。ごめんね。
また落ち着かないことになって……。」
「いいえ…心配ですね~」
「ううん~光太郎は一度言いだすと聞かないからね。
きっと香澄さんがうまく立ち回ってくれて円満に行くと思うわ。
あの人がついていてくれたら安心なんだけどね……。
少し春湖ちゃんに似てるでしょう?
笑った顔が少し似てるって話してたの。
今日は怒ってばっかりだったけどね~」一世さんが笑った。
「あの人が彼女だったんですよね?」
「うん。いけない恋に悩んでたんじゃない彼女……
光太郎はそんなこと考えないから……。所属俳優とマネージャーなんて
ご法度でしょ……。光太郎は自分をおさえることしないから……どんどん
アタックして香澄さんを落としたんだと思うわ。
光太郎はホント…はっきりしてるから……仕事もプライベートも一緒で
辛かったんだと思う。
私が彼女だったら……そう思うとぞっとするわ。
お互いの立場を考えてもね……。」
タクシーに乗り込んだら緊張の糸が切れた。
光太郎は香澄さんを求めてる
私にはよくわかった……。素直になって…俺と一緒に行ってくれが言えない……。
お互いをしばりつけるものが多すぎて……
私と光太郎の心が寄り添ったのは
愛する人と一緒にいれない不安と絶望だったから……
私だけが秋杜の腕の中に帰って行くようで……
悪い気がした。
光太郎さん…頑張って……
胸の中でそう何度もつぶやいた。