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光太郎はいい匂いがした。
そして私から離れると隣に座った。
「食べて……簡単なものでごめんね……。」
一世さんが鍋焼きうどんを持ってきてくれた。
私の頬はさっきまで光太郎が抱きしめてくれた驚きで熱くなっていた。
「あら…ほっぺ真っ赤だよ。寒いところから来たからね。
可愛い雪ん子みたい~~」
一世さんが私の頭を優しく撫ぜてくれた。
「まずは食べなさい……。」
「はい…いただきます。」
課長と光太郎はビールをつぎ合った。
「美味しい~~」しゃくりあげていた息は大きく吸えるようになった。
優しくてあったかい時間が流れた。
ここに来てよかった……
うどんの温かさが口から胃に沁みて行く。
しばらくここにいていいですか?
「そっか~卒業させたんだ。」
「はい……。ずっと私だけだったから秋杜は……
なんか大切なものを手放したような気がして…悲しくなって……。」
「秋杜くんのためにもよかったのかもしれないね。」
「俺様だったんです。自分勝手で生意気で…嫉妬深くて……
自分中心に地球が回ってるから私も絶対一緒に回るもんかって……
ずっと素直になれなかったけど……一度素直になったら気持ちが溢れだして…
想いが止まらなくて……
でも…私…すごく必死に笑顔で…泣かないで
秋杜を送り出せて……よかった……。
カッコ悪いことだけしたくなかったから……。」
「うんうん…えらかったね~~春湖ちゃん。」
一世さんは私を抱きしめて背中をポンポン叩いた。
「痩せ我慢して……バカだなおまえ……。」光太郎が言ったら
一世さんが光太郎の頭を叩いた。
「いて~な~いっちゃん!!」
私はその様子がおかしくて笑ってしまった。
「光太郎はバカなんだよ。小さい頃からだけどね…。
今日だって実家がみんな出かけてるのに鍵を忘れてきたり
ちゃんと連絡してきなさいよって言ってるのにいつ来るかわかんないんだもん。」
「いきなり行こうかなって思うんだよ。」
「だから計画性がないっていうのよ。
忘れ物ばっかりして…大人になってもそうなのよ。」
「いっちゃんの弟だからね光太郎は~」
「俺さ強烈な姉ちゃんが三人もいるの。
おんなじ顔した姉ちゃん二人といっちゃん~~厳しいんだよ、」
「うらやましいな~私は一人っ子だから
秋杜が弟みたいな感じだったから……。」
「秋杜ってヤツぶん殴ってくるか?」
光太郎が言った。
「何を言うのあんたは~」また一世さんの鉄拳が入った。
「いて~って……いっちゃん
としさん 嫁の教育なってないから~」
「いいや俺のいっちゃんは最高だからこれでいいんだ~」
課長がベロをだした。
「やってらんないな~~な~ぁ春湖~~」
さっきまで死ぬほどつらかったのに三人の掛け合いに
私は笑っていた。
「春湖の泣き顔は可愛いけど…やっぱ笑った方がいいな。」
光太郎はそう言うと私にビールを注いでくれた。
今は…今だけは笑える。
笑える時にたくさん笑おう……。
そしたら傷は少しは癒えるかもしれない・・・・。
その夜 私は家に帰らなかった。
飲み続けて光太郎と潰れて 気がついた時はソファーで毛布をかけて寝ていた。
「あ……」体を起こすとキッチンで光太郎がタバコを吸っていた。
「うわ…寝ちゃったんだ私ったら……」
「俺もさっき目が覚めた……」
私も光太郎のそばに立って
「タバコ…ちょうだい……」と言った。
光太郎は笑いながら…
「これが最後の一本~~。」と言って私に煙をかけた。