同じ水で産湯が出来なかった養女の水行
挿絵の画像を作成する際には、「Ainova AI」と「Gemini AI」を使用させて頂きました。
下校のチャイムを合図に立ち上がった私こと生駒美里亜は、外の廊下に私を出待ちする人影が佇んでいる事に気付いたのでした。
「永泰兄様…」
そして黒い詰め襟学生服を纏った長身の人影が三番目の兄である事に気付いたのも、間髪入れずの事で御座いましたよ。
学年が一つ違うとはいえ、兄も私も同じ私立牙城門学園高等部の生徒である事に変わりは御座いません。
故に永泰兄様は、校内では何かと私を気にかけて下さるのです。
「今日は一緒に帰らないか、美里亜。今日は美里亜の十六回目の誕生日なのだし。」
「それは良う御座いますね、兄上。それでは皆様、また明日。」
そうして辞去の挨拶をする私達兄妹に、教室に残るクラスメイト達は恭しい一礼で見送るのでした。
それも無理からぬ事でしょう。
この私立牙城門学園は私達兄妹の実家である生駒家が宮司を務める嵐山の牙城大社が経営する神道系の学校法人であり、生徒の多くが大社の氏子でもあるのですから。
総出で見送られる事への面映ゆさは多少は無きにしもあらずですが、それも氏子達の崇敬と親愛の思い故で御座いますね。
昇降口を目指して、校舎の廊下を突き進む私達。
その沈黙を先に破ったのは兄の方でした。
「美里亜、やはり今年も例の水行を行うのかい?そう無理はしなくても…」
「私をお気遣い下さり感謝致します、永泰兄様。しかしあれは誰に強制された物でもない、私自身で決めた事で御座いますからね。」
毎年九月三日の誕生日には、大社の境内に設けられた禊場で水行を行う。
それは牙城大社の宮司一族の末娘にして次期大巫女となるべき私にとって、ある種の恒例行事とも言える物です。
誕生日を迎えるまでの一年間で蓄積された心の垢を落とし、健康に年を重ねられた事へ感謝する。
一般的には、そう解釈出来るでしょうね。
しかし私には、それ以上に大切な目的があるのでした。
「永泰兄様を始めとする兄上達は、あの禊場と同じ水源の水で産湯を使われましたからね。養女である私にとっては、これが産湯代わりなのですよ。」
大社の次期大巫女となるべき女児が欲しかったのに、三人連続して男の子しか産まれない。
困り果てた宮司夫妻にとって一筋の希望となったのが、本家にあたる堺市の生駒伯爵家に双子の女児が産まれたという吉報だったのです。
そうして分家筋である嵐山の生駒家に養女として引き取られたのが、今日の私こと生駒美里亜という訳ですね。
永泰兄様を始めとする三人の義兄達も宮司夫妻である義父母も、私を家族の一員として愛情を持って育てて下さっていますし、それは私も重々理解しています。
だからこそ、「名実ともに嵐山の生駒家の一員でありたい」という思いが一層に募るので御座います。
そしてその思いは、乳幼児期の私の育児を担われた人々も同様で御座いました。
当代の大巫女であらせられる母上や長兄である能平兄様、そして乳母を担当された大社の女性達は、誕生日を迎えた私を兄達の産湯と同じ水源の水で沸かしたお湯で入浴させたとか。
それを知った私が今日の習慣を定めたのは、確か牙城大社初等部に入学した年の事でしたか。
あれから数えて、もう十回目となるのですね。
参拝客の去った夕方の境内。
その片隅の禊場こそが、私にとっては誕生日の習慣を執り行う聖地でもあったのです。
「祓い給え、清め給え!」
夏の暑さの名残が感じられる九月初頭とはいえ、木桶に汲んだ清水を頭から被る時はやはり身が縮こまるかのような冷たさが御座いますね。
しかし着流しの白衣や茶色の長髪が濡れて素肌に張り付いていく毎に、私の胸中には心地良い高揚感が満ちていくのです。
それは恐らく、「自分は嵐山の生駒家の一員なんだ」という自覚がより確かな物になっていくからなのでしょうね。
「御疲れ様で御座います、美里亜御嬢様。これで水分を御拭き下さい。御身体に障りますから…」
「御心遣い痛み入ります、絹掛さん。貴女にも放課後に付き合わせてしまい、大義で御座いましたね。」
バスタオルを差し出す側近の少女に応じながら、私は自分の胸中が清々しい充実感で満たされている事を改めて認識したのですよ。
たとえ出生当時に兄達と同じ産湯は使えなかったとしても、それに代わる手段は確かにある。
親子や兄妹といった家族の関係性は、「既にある物」というより「能動的に作っていく物」なのかも知れませんね。




