絶望の赤い剣圧 ー沈みゆくヴァリオン
「遊びは終わりだ」
鋭い声と同時に、ブレイブの剣が頭上に掲げられた。ヴァリオン逃げようとするが、勢い余って木の根に足を取られ、地面に倒れ込む。枝は手から滑り落ち、完全に武器を失った。右足はどうやら捻ってしまった様だった。
「や……やめろ…………っやめてくれ……っ」
声は震え、体は小刻みに揺れる。
胸の奥で、必死に命を繋ぎ止めたい渇望が疼き、心臓は早鐘のように打つ。
強さの壁に圧され、弱さを突きつけられた若者の声だった。
「………」
ヴァリオンの必死の声を受け、ブレイブの表情は依然として無表情だった。
ただ、目の奥に一瞬だけ揺らぎが走る――それはほんの僅かで、ヴァリオンには気付かぬほどの微かな変化だった。
ブレイブの頭の片隅に、過去に背を向けた自分――守れずに立ち尽くしたあの頃の姿――がふっと浮かぶ。
目の前で必死に命乞いをし、足掻く無力な若者の姿に、自分の弱かった姿が重なる。胸の奥が僅かに痛む。
過去は捨てたのだーー
胸に痛みを感じつつも、情けは無用。
剣は冷徹な赤い闘気圧を纏わせて、ヴァリオンに迫る。
ブレイブの剣が稲光のような速さで振り下ろされる!!
ドシュ…………ッ!
「!!!!!」
ブレイブの剣がヴァリオンの胸を切り裂いた。
血が勢いよく飛び散る。頬にも跳ね、鼻に鉄の匂いが充満する。激しい痛みが襲い、胸の奥から絶望が押し寄せる。
「う……あ……ああ」胸を押さえると、手も体も真っ赤な血で染まる。
「………っ!!」
息を詰まらせる。圧倒的な力に押され、恐怖で体が震える。森の静寂に、自分の乱れた呼吸だけが響いている様だった……。
ブレイブの足音はゆっくりと、しかし確実に自分に近づいてくる。
一歩一歩、空気を押しのける重みが心臓を締めつける。
ヴァリオンはブレイブの鋭い視線の中で完全に動きは止まる。森の中で1人彼は完全に追い詰められていた――。
目の前に立ちはだかるブレイブは、まるで森そのものよりも大きな壁のようだった。
枝葉を揺らす風よりも重く、圧倒的な存在感が胸を押し潰す。
対照的に、自分はただの小石の様に森にただ転がるだけのちっぽけな存在に思えた。
体は小刻みに震える。
ブレイブの剣が再び振り下ろされる――。
刃からは再びあの赤い闘気を放っていた。
「!!」
ヴァリオンは必死に身を捩るが、剣先が肩を切り裂いた!全身に衝撃が走る。体が熱く痛みで焼けるように感じ、手足がもう思うように動かない。
「うああっ……!」
森の地面に膝から崩れ落ちるヴァリオン。力なく転がって、視界が揺れる。
ブレイブの冷たい視線が迫る。無言の圧力に押され、ヴァリオンはうずくまったまま動けない。森の静寂の中、彼の苦しげな息だけが響いた――。
血の味、鉄の匂い、冷たい恐怖が全身を覆い、息をするたびに心臓が張り裂けそうだ。
(殺される…………)
死の覚悟が、脳裏を一瞬で駆け巡る。
だが、再び目の奥に浮かぶ過去の影、胸にわずかに疼く痛み――ブレイブの心に、迷いが生じていた。
ブレイブの動きは止まったーー。
「……?」
振り返ると、そこには冷徹な目を向けているブレイブの姿。だが、相反して止めを刺す手はなかった。
胸の奥で震える恐怖と安堵が入り混じった。
「なぜ……だ?」
「………………」
一瞬の静寂。ブレイブは剣先を胸元に止めたまま、俯くようにして言った。
目を伏せ、悲しみの表情の様にも感じ取れる。
「2度とこの町に姿を現すな……次は無い」
その短い言葉が、冷たい刃より深く胸を切り裂いた。ブレイブはためらいなく掌で印を結び、歪んだ空間がヴァリオンを飲み込む。
消えゆく背に、彼は一度だけ視線を落とした……。
ヴァリオンは強者である騎士の哀しげな後ろ姿が目に焼き付いて離れなかった…。そして、体に冷たい風がまとわりつく。
そのまま意識を手放した……。




