敵の懐へ ―ヴァリオンとアスティアの決断
リュミール最大規模を誇っていたホテルは大幅な変貌を遂げていた。
建物がねじれて歪み、壁が波打つ。色合いはどぎつく、目がチカチカする柄が浮き出ている。
窓枠がねじれ、透明なガラスの色がうっすら虹色に輝く。中の光が妙に怪しげに揺れている。
玄関はドアノブは小さく、何度もねじ曲がった金属で装飾されている。開けるとぎしぎしと音がする。
「うわ!?リュミールホテルがこんな事に!め、目が回りそうだ……」
ヴァリオンがそう呟くと、アスティアも目を細めて建物を見上げた。
「おいおい……リフォームにしちゃあやり過ぎじゃあねえか……?」
哀麗は掌に一滴涙を溢すと、小さな結晶体が生まれた。
それは水晶玉のように透き通り、水滴が固まったような柔らかな光沢を放っている。
微かに揺れる光はうるうるとした水面のようで、内部で光が反射して、角度によってほんのり虹色がちらついた。
そこにヴァリオンとアスティアの二人の姿を映す。
「ナイトくんとアスティアくんが来たみたいですよ……?ハラス・ヴォルト様」
哀麗は2人が来た事を教えた。
ヴァリオンの事をナイトくんと呼んでいる哀麗。
「む……?こやつら、パルスの魔法にかからなかったのか?」
ハラス・ヴォルトは椅子から振り向きパルスに視線を移す。
「…………魔法に耐性があったのかも知れません」
そう口にしたパルスはまた押し黙ってしまう。
「……対応致しましょうか?」
革鎧に身を包んだブレイブが剣を手にし、一歩前に出た。
「放っておけ、中には入れまい」と、余裕の表情で笑うハラス・ヴォルト。
玄関ではハラス・ヴォルトの言う通り、パワーがあるアスティアがいくらドアノブを引っ張ろうがびくともしなかった。
足を玄関に付け力一杯引っ張るも歯が立たない。
「やはりダメか……俺達じゃ魔法は使えないしな……」町に魔法使いは居ただろうか?
アスティアは次第にイライラが募り地団駄を踏み鼻息を荒くした!
「やい!ハラス丸!!開けやがれ!町を戻して消え失せろー!」
ハラス丸…。
アスティアの声が結晶と外からどちらからもハラス・ヴォルトと3人の耳にしかと届いた。
哀麗は口元を手で押さえ、ハラス・ヴォルトの顔をチラリと伺い見た。
侮辱され、何をしでかすか分からない程に怒りに満ち満ち溢れていた。
3人にもハラス・ヴォルト魔力の昂まりに意識が持っていかれそうになる。
「…………だ、誰がカラス丸じゃああああー!!」
「!!!???」
一瞬、敵にも味方にも静寂が走る。
ハラスヴォルトが腕を大きく振り上げてわなわなと怒りを露わにする。
ヴァリオンは思わず目を見開き、ブレイブは眉を顰めた。
静かな声で、しかし真剣そのものにブレイブが訂正する。
「…………カラス丸じゃありません。ハラス丸です」どこまでも真面目なブレイブは真剣に訂正した。
哀麗は口元に手を当ててクスッと、肩を小さく震わせて笑いを必死に我慢した。
ハラス・ヴォルトは顔を真っ赤にして、肩をわなわな震わせる。
「――――――ッッッッカッ、カラス丸もハラス丸も大して変わらんわあああああ――!!」
口を大きく開けて怒鳴り散らかすハラス・ヴォルト。
「いえ、カラスとハラスは違います!」
ブレイブはハラス丸の唾が顔にたくさん飛び散った状態でもキリッとした顔で訂正した。
「黙らんかああああ――い!」
「な……なんか揉めてんな」悪いこと言ったかな……と言う気持ちになるアスティア。
「ぐ……ぐぬぬ……」ハラス・ヴォルトは、歯を食いしばると血走った赤い瞳がぎらりと怪しく光る。
その瞬間、町人たちの動きが急に硬直し、武器を握った手がぎこちなく振り上がる。
ヴァリオンとアスティアの周りを囲み、襲いかかる…!
「な、何だこれは…!?み……皆……!?」
ヴァリオンが後ずさる間にも、町人たちの足音がざわざわと迫る。
アスティアは冷静に周囲を観察し、逃げ道を探す。
ハラス丸の魔法のせいで、普段の町人が敵に変わる…。
ハラス・ヴォルトにやりと笑い、指示を飛ばす。
「やってしまえ!命令だ!!ナイトとアスティアをやるのだ!」
「あ……っ」哀麗が思わず口を押さえた。
「どうした?哀麗」ブレイブが尋ねるが「な……なんでもないわ」と笑って誤魔化す哀麗。
町人が次々と攻撃を仕掛けてくるので2人はあたふたと逃げ回る。
「わあー!?母さんまでいる!二手に別れよう!」と、ヴァリオン。
「おう!」っとアスティアとヴァリオンは左右に分かれて町人を撒く作戦に出たが、ゾロゾロとアスティアの方にだけ向かって行った。
「わあああーやめ……あれ?」
ヴァリオンの方には人っ子1人付いてきてなくて首を傾げる。
「うえええー!?なんで俺だけ――――!?」
大勢の群衆がアスティア1人を追って来る。
足の速い町人たちがいち早く追い付き、ぎこちない動きで襲いかかる。
町人達は、完全にハラス・ヴォルトの魔法に操られ、アスティアだけが攻撃の的になり、四方八方からの不意打ちの連続に慌てふためく。
「む……?なぜ金髪小童の方にだけ?わしの魔法が珍しく失敗したか……?耐性が余程高いのか?」
ハラス・ヴォルトは顎を掴み、むむむ?と考え込む。
哀麗は人知れず舌を出し肩をすくめた。
(私、名前知らなかった――ハラス・ヴォルト様にはバレてないし……黙っとこ――っと)
ヴァリオンは玄関の前に立ち、キッと窓を見上げた!
「ハラス・ヴォルト!!どう言うつもりだ!話を聞かせろ!!」
「ハラス・ヴォルト様……?いかがなさいますか?」哀麗がそう訊ねると、ハラス・ヴォルトが答えるより前にブレイブが出入り口の扉に手をかけた。
「私が片付けて参ります」
「……ふむ、まあ軽く捻って来い、ブレイブ」にやっと笑うハラス・ヴォルト。
「はっ」っと小さく返事をし、部屋を出ていくブレイブ。
扉がゆっくりと開いたかと思ったら、薄暗い部屋の奥から威圧的な気配が漂う。ヴァリオンは思わず息を呑み、目を見開いた。
ブレイブはただ静かに立っているだけで、敵も味方も、周囲の空気を支配してしまうかのようだった。




