振り絞った勇気 ーヴァリオン
通りの喧騒を抜けて、大通りの中央にある噴水広場へたどり着く。
露店も多くて華やかで、哀麗の視線も楽しげに動いていた。
それを横目で見ながら、ルミナが「今だ」とばかりにヴァリオンをグイッと引っ張り耳打ちをする。
「――ここで別行動しましょう!」
「ん?」ヴァリオンが怪訝そうに眉を寄せる。
ルミナは満面の笑みで、しかしどこか謎めいた雰囲気をまとって続けた。
「ヴァリオンさん!しばし哀麗さんとデートしてきてください!」
「……は!?」
完全に予想外すぎて、ヴァリオンは素で裏返った声を出す。
ルミナは勢いそのままに畳み掛ける。
「こんなチャンス滅多にないですよ!哀麗さんを素敵な場所に連れていって、いい雰囲気を作るんです!!」
「だ…だけど、俺じゃ――」
「頑張ってください!」
反論を封じる形で、ルミナはヴァリオンの背中を押すように小麦君をヴァリオンの腕から奪うようにして一歩引いた。
その笑顔は眩しいほど明るいのに、どこか“お前は行け”と圧を感じるほど強い。
押し出されるように、ヴァリオンは哀麗は座っているベンチに向かい出す。
ルミナはその背中を見送りながら、拳を握って小声で言う。
「よしっ…!ここからが勝負です!」
ベンチに腰掛けた哀麗は、風に長い髪を揺らしながら景色を眺めていた。
その姿は静かで神秘的で――周囲の目を惹きつけずにはいられなかった。
ヴァリオンは、胸を押さえるようにしながら近づこうとする。
(よし…声をかけるだけだ。落ち着け俺…!)
だが、次の瞬間。
1人の男が哀麗へ話しかける。
続けて別の男が現れ、さらにもうひとり。
まるで順番待ちのように、哀麗の周囲に男が集まっていく。
「ねえ君、観光? よかったら案内しようか」
「その髪…綺麗だね。どこの国の人?」
「座り心地悪くない? よかったらそっち空いた椅――」
ヴァリオン「わあああぁぁぁぁーーーーっ!?」
心の叫びが限界突破して漏れた。
哀麗は慌てて立ち上がり、男たちの視線の隙間からヴァリオンを見つける。
「ヴァリオンくん...あら?ルミナちゃんは?」
それを聞いた男のひとりが、ヴァリオンをまじまじと見て言った。
「……え? 弟?」
――その瞬間、ヴァリオンの表情が固まる。
胸の奥にグサッと刺さる衝撃。
言葉ではなく“弟”というラベルを押された屈辱。
「ルミナは用事があるから...用を済ませたい戻って来るって...」
「そう...なのね」
だが男たちは敢えてヴァリオンの存在を無視していた。
男A「なあ君、冒険者の仲間募集しててさ。綺麗な子がいたら士気がめっちゃ上がるんだよ」
男B「顔だけじゃなくて雰囲気もすごいよね。よかったら俺たちと――」
哀麗が返事をする前に、男の言葉を断ち切ったのはヴァリオンの怒号だった。
「――哀麗は、俺たちの仲間だ!!」
一瞬で空気が変わる。
男たちはヴァリオンの存在にムッとした顔をして睨み威圧する。
(ガキのくせにこんな良い女連れて歩いてんのかよ……くそ腹立つな)
低く舌打ちしながら、哀麗へ視線を戻そうとする男たち。
だがヴァリオンも引かない...!
哀麗の前に立ち両手を広げた。
ぐぬぬ、と睨み合うヴァリオンと男たち。
火花が散るような緊張が流れる中――
哀麗は立ち上がり、そっとヴァリオンの腕に自分の腕を絡めた。
「……行こっ!ヴァリオン...」
たったその一言。
男たちの勝ち誇った表情は一瞬で凍りついた。
ヴァリオンは、瞬時に顔を真っ赤にして硬直する。
「っっ……!? 」
ヴァリオン!!くん付けだったのに...!!
ぎこちない足取りで前へ進みながら、哀麗の手に触れている部分だけ熱を帯びたように震えていた。
すれ違う男たちの視線が刺さる中でも、哀麗は気にせずに微笑む。
そんな凛とした横顔も男たちを魅了してやまなかった。
ヴァリオンは顔が赤いのを手の甲で隠しながら哀麗の歩幅に合わせると哀麗はヴァリオンを見上げて微笑みかけた。
全員、追い打ちを受けたように顔を覆って悶えた。
哀麗とヴァリオンが離れて歩き去る。
ヴァリオンは真っ赤になってふらふら歩きながら。
男たちはそれを見送りながら――
「くっっっそぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「一生引きずる……!!!」
「羨ましすぎて胃が痛え!!!!」
泣きそうになりながら叫んでいた。
腕を組んだまま歩く哀麗が、ふと視線を前に向けたまま小さくつぶやいた。
「さっき……“仲間”って言ってくれたの、嬉しかったな...」
ヴァリオンは一瞬、足を止めそうになる。
ささやくような声だったのに、真っ直ぐ心に刺さった。
「……いや...本当にそう思ったから、ああ言っただけだ」
そう返す声は強くもなく、照れ隠しでもなく、ただ正直だった。
哀麗は一拍おいて、少しだけ腕に力を込める。
ほんのわずかなぬくもりが伝わり、ヴァリオンは息を呑んだ。
「うん。だから……嬉しかったの。ヴァリオンの言葉は正直だから響くの」
横を見ると、哀麗はさみしげでも照れているでもなく、
心の底から安心した人の顔をしていた。
その笑顔には、守る側でも戦う側でもない――
ただひとりの少女の表情が宿っている。
ヴァリオンの胸の奥が熱くなる。
「……あ...哀麗」
名前を呼んだのは無意識だった。
哀麗もまた、小さく「なに?」と返す。
「いや…あの…少しの間……俺とデートしてくれないか…?いや...デートしてください!!!」
自分でも驚くくらいの震えた声。
逃げたいのに逃げずに向き合った、勇気そのものの言葉。
哀麗は一瞬きょとんとし──
すぐに、春みたいにあたたかい微笑みを浮かべた。
「もちろんいいわよ」
ただそれだけだったのに、心臓をわし掴みにされたようだった。
世界がぱっと明るくなった気がして、
ヴァリオンは胸の奥から熱が一気に広がるのを感じた。
「よ、よかった……」
情けないとか、浮かれてるとか、そんなの全部どうでもよかった。
今だけは、素直に――嬉しかった。
哀麗はそっと腕を組み直し、体を寄せる。
ヴァリオンの胸が一気に高鳴った!!!
「行こ。デート...」
からかっているわけでも、ただの返事でもなく
“ヴァリオンの誘いをちゃんと受け取った”声だった。
ヴァリオンはうまく言葉にできないまま頷いた。
(絶対にいい時間にする。今日だけじゃなく、ちゃんと──思い出に残したい)
そう強く願いながら、ぎこちない足取りで歩き出す。




