涙が架け橋になる空の上で ーヴァリオンと哀麗
結晶の中で目を輝かせるヴァリオンとルミナを見て、哀麗は小さく息を漏らす。
「ふふ……」
風が彼女の銀糸のような髪を揺らし、陽光を受けて七色に瞬く。
そのまま結晶の縁に手を置き、二人を見下ろしながら微笑んだ。
「ねぇ、こんな旅も悪くないでしょ?」
その声はどこか楽しげで、自由の風に溶けていく。
ヴァリオンは見惚れて息を呑み、ルミナはきゃあっと小さく拍手をした。
「……ああ、悪くない。むしろ最高だ」
ヴァリオンがそう呟いたとき、哀麗はほんのり頬を染めて目をそらした。
結晶はゆっくりと北の空へ向かって滑る。
新しい旅が、再び始まっていく——。
結晶が陽の光を反射して、哀麗の髪を金色に染める。
その姿はまるで光に包まれた女神のようで──
「ほわあ……哀麗さん、光が当たって女神様みたいです……」
ルミナが息をのむように呟く。
「……ああ、そうだな」
ヴァリオンも思わず同意して、視線を逸らせない。
ふたりの頬がほんのり紅く染まり、
哀麗が上段の結晶から振り返って微笑む。
太陽の光が結晶を透かし、哀麗の横顔をやわらかく照らす。
風に揺れる髪がきらめいて、まるで光そのものが彼女を包んでいるようだった。
ヴァリオンは、その光景から目を離せなかった。
どんな景色よりも、どんな輝きよりも、いま目の前の哀麗の方がずっと眩しく感じた。
哀麗「……ブレイブの気配がまだ残ってるわ。このままじゃすぐ見つかる」
ルミナ「それなら、どこまで行くんですか!?」
哀麗「中央大陸の中心――“レグナ=クロノス”まで飛ぶわ」
ヴァリオン「ちょ、ちょっと待って!? そこって一目につくし危険なんじゃ!?」
哀麗「だからこそ。弟の情報が手に入る可能性が高いもの」
哀麗「大丈夫よ、2人は私が守るわ」
哀麗はふっと柔らかい笑みを浮かべる。
互いの視線が絡み合って、ほんの一瞬、時が止まったように静まり返る。
哀麗の言葉は頼もしく優しいのに、胸の奥がひりついた。
この感覚は悔しさか、それとも安堵なのか──自分でもわからない。
俺はまた守られている。
本来なら俺が返すべき言葉なのに。
哀麗は微笑んでいた。
その表情は、昔から誰かを守り続けてきた者のそれで。
きっと弟に向けてきたのと同じ、当たり前の笑みなんだろう。
――俺は、弟さんの代わりみたいに見えているのか?
そんな考えが胸をかすめた瞬間、
自分でも驚くほど強い感情が襲ってきた。
違う。代わりでいいわけがない。
守られるだけの存在で終わりたくない。
哀麗の隣に立てる人間になりたい。
哀麗はふと、手を空にかざした。
風に揺れる髪、結晶の光が彼女の横顔を優しく照らす。
「なんだか…こんな自由な時間、久しぶりだわ。」
遠い記憶をなぞるような声。
その表情には、安堵とほんの少しの切なさが混じっていた。
ヴァリオンはそんな彼女を見つめながら、
胸の奥で何かが温かく灯るのを感じる。
「……いい顔だな。」
思わず漏れた言葉に、哀麗は小さく笑って——
「ふふ、今だけはね。」
しばらくして、ぽつりと呟く。
「……本来なら、その自由は、ずっと君のものだったはずだ。」
哀麗は小さく息をのむ。
風が髪を揺らし、どこか切ない沈黙が流れる。
ヴァリオンは、哀麗の微笑みに隠れたかすかな孤独に気づいてしまった。
それは戦いで見せたどんな強さとも違う、誰にも触れられたくなかった弱さ。
(そんな顔、ひとりで抱えてほしくない……)
守られているのに、胸の奥では別の衝動が生まれていた。
身体では追いつけていないのに、心だけは確かに前に進んでいる。
(いつか俺が……守れるようになりたい)
その思いは言葉にならず、喉の奥で溶けた。
視線だけが、そっと哀麗に向けられる。
「奪われていた時間を、少しずつ取り戻せばいい」
「そのための旅なんだろ?」
ヴァリオンの優しい声に、哀麗はほんのり微笑みを返す。
風が頬をなでて、長い睫毛がわずかに震える。
「そうだった……わね。」
その声はかすかに笑っているようで、でもどこか切なかった。
遠い過去に思いを馳せるように、哀麗は空を仰いだ。
淡い光が頬を照らして、その瞳の奥には消えかけた哀しみが映る。
ヴァリオンはただ、何も言わずその横顔を見守っていた。
胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じながら。
哀麗の横顔を見つめながら、ヴァリオンは拳をぎゅっと握りしめた。
光に包まれたその姿は、誰よりも強く、美しく――それなのに、なぜだろう。
今にも消えてしまいそうで、怖かった。
守りたい。
その衝動が胸の奥を熱くするのに、手を伸ばすことすらためらってしまう。
彼女は、きっと自分なんかよりずっと高い場所にいる。
哀麗が遠くを見つめるように空を仰ぐ。
その横顔に言葉を失うヴァリオン。
哀麗の瞳には、自由を願う光と、過去に囚われた影が同時に揺れていた。
その矛盾に気づいてしまった瞬間、ヴァリオンの胸の奥が強く締めつけられる。
――この人を、ひとりになんてさせたくない。
けれど言葉にはできない。
今の自分では、まだ彼女を支えるには足りないとわかっているから。
だからヴァリオンは、そっと笑った。
「……必ず隣に追いつく。いつか絶対だ。」
その小さな誓いを胸に、結晶は静かに空を滑っていった。




