束の間の安らぎ ーアスティアの存在
ヴァリオンとアスティアは小麦粉を手に、さっそく実験を始める。
「これから発酵とか面倒だな…」ヴァリオンがため息。
「大丈夫だ、この小麦粉ならすぐに変化するはずだ!多分な!」アスティアが笑う。
「へえ……便利だなあ――うちは普通のパン屋で営んで来たからなあ。そんなパンも面白そうだなあ?なら出来上がったら魔法のパンが出来上がるのか?」ヴァリオンは慣れた手つきでパンを丸くして行く。
「多分なー親父からの受け売りだけどなー」
ヴァリオンが慎重に小麦粉を釜に入れて温めると…シュワッと膨らむ音と共に、ふわふわの丸いパンがポンッと飛び出した。
「おお、これは…!」ヴァリオンが手を伸ばすと、なんとパンがピョンピョン跳ねて逃げる!
「ちょ、待て!」アスティアも追いかけるが、パンは、まるで意志を持ったかのように跳ね回る。
さらに釜の中にはもう一つ変化が…。
今度は小さなパン型の剣がぴょこんと立ち上がる。
「えっ、剣!?焼きたてなのに!?」ヴァリオンが目を丸くする。
アスティアが触ると、パン剣は本物の剣と何ら大差がない程である。
二人が慌てている間にも、釜の中で次々と形が変わり…。
パンの小さな丸い塊が跳ねて剣になったり、杖になったり、時には小さな動物の形になったりする。
「こ、これが魔法料理ってやつか……」
ヴァリオンの目の前で、パンがふわっと跳ね上がり、偶然ヴァリオンの腕にくっつく。
「うわっ!重っ!」
アスティアが大笑いしながら、「これ、どうやって食べるんだ…」
「たべてみよう!」ヴァリオンがキラキラした目で見てくる。
ヴァリオンは、結構食い意地が張っている。
「マジかよ……」
アスティアは止める気も起きずヴァリオンがはむっと頬張るのを恐々と見ている。
「んん!!」ヴァリオンの口の中で跳ねて弾ける音が「パチパチッ!」っとアスティアの耳にも届いた。
「なんか弾けてる?」
ヴァリオンは大きくうなづき、ごくんっと飲み込むと、「これ口の中で跳ねてるぞ!ポップコーンみたいだ!」
アスティアもかけらを口に入れると口の中でポップコーンが弾ける!
「うめえ――塩がいい感じだ!味付けも完璧だな!」
「だな!少し店に置けば買ってくれるだろうか!?これも美味いのかな!?」
ヴァリオンは小麦粉から変化した剣を持ち、あぐっと頬張った!
ガキん!!っと金属音がした……。
「あぐ……鉄の味がする……」
「あーあー剣は食えねえんだなあ…てか、まるっきり本物の剣じゃん……」アスティアは手に取りパンの耳を切り落として口に入れた。
「あ!こら店の商品だぞ!」
「うん、切れ味は抜群だな……」もぐもぐとパンの耳を食すアスティア。
「全く……買って帰れよ?」残りのパンをスライスして袋に詰めるヴァリオン。
「あ……!」うっかり肘が小麦粉剣に当たってしまい落下した。
ゴンっと音がして、刃と柄の部分が別れてしまう。
すると剣だった物が変化し、刃がブーメラン、柄は小さめの盾になった。
「みろ!アスティア!二つになったぞ!」
ヴァリオンはウキウキとブーメランと盾を持ってアスティアに振り直った!
「うわ……すげえ!投げに行こうぜー!ヒャッホーイ!」
アスティアは跳ねて店を出た。
ヴァリオンも続いて出る!
ヴァリオンは目をキラキラさせながら
「行くぞー!アスティア――!」
と、ブーメランを投げる。
ピョンと跳ねたブーメランが思わぬ方向に飛んでいく。
「わっ、待て待て!」とアスティアは全力で追いかけるけど、足元がもつれて転びそうになる。
ようやくキャッチしアスティアもブーメランを投げ返すと「うわっ、危ない!」とジグザグにブーメランは跳ね周りヴァリオンは慌てて手を伸ばしなんとかキャッチ!
二人の間でブーメランはくるくると跳ね回り、まるで生き物のように自由奔放。
ヴァリオンがキャッチしようと手を伸ばすと、跳ね返ったブーメランが背中から当たり、今度はアスティアの肩にポンと当たる。
「わはは!」と声をあげ、二人は転げ回りながらも笑いが止まらない。
その無邪気な様子はまるで、公園に小さな嵐を巻き起こしたかのよう。
跳ね回るブーメランの音、二人の笑い声、風に揺れる木々――すべてが楽しげに混ざり合い、時間を忘れさせるひとときだった。
夕陽が差し込む公園で、二人は満足げにブーメランを手に帰路につく。
「今日はもう大満足だなー!」
「うん、めっちゃ楽しかった!」
「じゃーなー」と2人で手を交わし合いにこやかにパン屋に戻るヴァリオン。
小麦粉だらけで白く粉雪のようになっていた。
「こ、こんなに散らかして…!」と母の声が響き、目が鬼のように光る。
「ヴァリオン!片付けなさい!」
わ、忘れてたー!?一定時間が過ぎると小麦粉に戻るのかー!!
パン釜の周りにはふわふわ小麦粉が舞っている。慌てて片付けようと箒を手に取ると手に持っていたブーメランがサラサラと粉末に戻って行き、やがて生き物みたいにヒュンヒュン飛び回る。後に続く様に舞っていた小麦粉も綺麗に整列して飛んで行く。そして最後には、勝手に袋に戻って落ち着いた……。
「あ、片付けは魔法任せでいいのか…」とちょっと拍子抜けしたヴァリオン。
「はあ――疲れちゃったよ」母は肩をトントンと叩きパン屋を閉め、サンダルを履き家に帰り一息つく。
「あの人が送る物はろくなことにならないねえ……だから魔法は好きじゃ無いんだ。手間暇かけたパンの方が絶対美味しいに決まってる」母が独り言をぶつぶつ言う。
確かに母のパンは美味しい。人気もあるし、お得意様や、配達を依頼されたりもするし、午前中には売り切れてしまう程だ。
摩訶不思議な小麦粉の袋を開けてみるとぴっちり整頓されていた。
首を傾げ「少し減っている?」と手で救いながら指の間から落とす。
俺とアスティアで食べた分か?消化……されたのだろうか。
「…………腹の中で変化して刺して来たりしないだろうな……」ヴァリオンはお腹を摩りながら青ざめていた。
朝、扉を開けていつもの様に市場に向かおうと、一歩踏み出した瞬間――
ヴァリオンは「ずしん」と見えない重りを背負ったような感覚に足を止めた。
「……え…?な、なんだ? 体が……鉛みたいに重い……」
胸の奥がざわつき、居ても立っても居られない不快感がこみ上げる。
普段なら何気なく見過ごす街路樹の緑も、今日は色褪せて見える。
「う…………っ」だが、我慢していれば動けなくも無いが……どうなっているんだ?一体。
ヴァリオンは重たい体に鞭を打ち、歩き出した。
しかし、ふと気付く。
「……あれ?」
朝の市場へ向かう道――いつもなら商人の呼び声や、買い物客のざわめきが聞こえるはずだった。
けれど今日は、どこからも声がしない。
見渡せば、開いたままの店先に誰もいない。
路地を毎朝散歩やランニングをしてる人たちの姿もない。
ただ、薄く淀んだ空気が漂い、街全体が息を潜めているかのようだった。
「!!」ヴァリオンの背に冷たいものが走る。
胸の奥で心臓が暴れるように脈打っているのを感じた。体が脈で跳ねている様だ。
「……なん…なんだ、これ……?」
耳の奥でざわざわとした囁き声が膨らみ、恐怖に囚われ、誰かの悲鳴が重なって響いた。虚空から伸びる手の幻影に、思わず身をよろけさせる。
「ヴァリオン!」
混乱の渦に沈みかけたその時、鮮やかな声が現実に引き戻す。
駆け寄ってくるアスティアの姿が視界に飛び込み、彼の溺れそうな意識を辛うじて繋ぎ止めた。
「……う、あ……俺は……っ」
喉から漏れる声は自分のものかすら曖昧だった。
言葉にならない声…まとまらない思考…思わず頭を抱えてパニックに陥りそうになった時に、肩に温かな力強い手が置かれる。
「ヴァリオン! しっかりしろ!」
アスティアの声が鋭く、けれど優しく響く。闇に沈みかけた意識に、細い糸が差し込むように届いた。
「俺がここにいるぞ!」
その言葉に縋るように、ヴァリオンの震える瞳に光が戻り、荒い呼吸はまだ収まらないが、心臓の暴走はわずかに和らぎ、幻影は遠ざかっていく。
「……アスティア……」
掠れた声でそう名前を呟くヴァリオン。ようやく呼吸が落ち着きアスティアの肩を借り、フラフラと立ち上がった。
「町中お前みたいになっちまってるぜ!くそ!」
まだぼーっとしているヴァリオンは話がすぐには理解出来ずに反芻していた。
ヴァリオンは頭がまだ霞んでいるのを感じながらも、心臓の奥がぎゅっとなるのを抑えきれなかった。
「あ、あの子は……哀麗は無事なのか……?」
「あ……?あの子はハラス・ヴォルトの仲間だろーが、しっかりしろよ!敵だぞ!」
だがヴァリオンの耳には届いていなかった。足取りはよろよろだが、前に進もうという意志は消えていない。
ふらつきながらも、一歩、また一歩。
街の異常は目に入らない――いや、目に入っても気にならない。今はただ、哀麗の安否を確かめたい一心だった。
「……待っていろ……哀麗……俺、必ず……」
かろうじて口に出した言葉に、自分でも驚くほどの力強さが宿っていた。
「はあ…っ」完全に惚れちまいやがってんな……ヴァリオンの奴。だが今のヴァリオンに取っては強い光になってるのには間違いない。
「ほら、掴まれ」アスティアは肩を貸し、ヴァリオンと共に歩みを進めた。




