信じる者 疑う者
偽哀麗の唇が震えた……
「……あなた……」
舞台袖から一人の男が現れる。
見た目はぼろ布をまとった浮浪者のようだが、その歩き方には無駄がなく、確実に戦闘慣れした足取りが感じられる。
「………………っ!!!」
男が無言で剣を抜くと、フードが風でかすかに揺れ、チラリと覗いた気品溢れる端正な顔立ちが観客の目に映る。
一瞬、息を呑む観客。混乱のステージに一種の静寂が訪れる。
男は華麗に剣を振るう。糸のように絡むマリオネットの腕が、一瞬で弾き飛ばされ、舞台上に鋭い衝撃が走る。
マナはその姿を見て、思わず舌打ち──だが、同時に心の奥で計算を巡らせる。
「アーヴェリエ王子……!!間違いない……見つけたあ……」
男は一歩踏み出すと、マリオネットの前に軽やかに跳び上がった。
宙で剣を振るうその動きは流れるようで、無駄がなく寸分の狂いも見当たらない。
「――これで終わりだ」
一刀両断の瞬間、観客席から息を呑む声が上がる。舞台上には圧倒的な静寂が訪れた。
着地し……チン…と剣をさやに納める。
その瞬間、どこからか「かっこいい…」という声が漏れた。
ヴァリオンは思わず目を見開く。まさか、皆が息を呑むほどの一瞬だったなんて…!
冒険者たちも、ざわめきながらも息を潜めてその姿を見つめる。
次の瞬間人間離れした跳躍力でその場を離れ見えなくなった。
「だ……誰だ……今の……」
「どっかで見たことあるような……」
と剣士は思い出そうとするも思い出せない...……。
次の瞬間、目の前に広がっていた壮麗な王都は跡形もなく消え、ただの更地が広がっていた。娯楽施設も店もステージも、大勢の群衆の賑わいも――すべて、風のように霧散していた。
「え……ええっ……!?今の、なに……!?」
誰もが声を漏らし、立ち尽くす。
「な……なんで俺たちだけ……?」
ヴァリオンが周囲を見回すと、ルミナや他の冒険者たちも唖然としていた。風だけが更地を吹き抜け、砂埃が巻き上がる。
「……幻だったのか、アウレア王国……?」
誰かが震える声で呟く。
地面に目をやると、何か奇妙な光が瞬いている。
まるで王国の形が薄く残っているかのような、かすかな残像――冒険者たちだけにかすかに映る。
「つまり……俺たちは幻のアウレアにいたってことか……?」
ヴァリオンは思わず息を呑み、呟く。
「マナさんも……幻だったんでしょうか……」
ルミナは、消えたアウレア王国を見つめ呟いた。
「マナ……? 俺もマナに誘われてここに来たんだ」
戦士と剣士が口を揃える。
「私もよ」「俺もだ」
「え……!?」
「皆さん……もしかして、トライデル港でマナさんに……?」
ルミナが恐る恐る問う。
「おう……ピラニクス討伐、一緒にやらされたんだ」
「私もよ!! 酒場で、2人の男を連れてて」
「え……俺は女だった」
「え…………」
驚きでルミナは呆然と立ち尽くす。
「もしかして……」
ヴァリオンがルミナに問いかけると、彼女は少し顔を曇らせ答える。
「マナさんが、私たちを何か利用した可能性があります。ヴァリオンさんが魔力切れを起こした時に、マナさんが魔力で魔法船を操縦したあの一瞬……違和感を感じました」
「あれ……確かにな……」
色々とおかしな点が合致してくる。
「私たち……洗脳にかかってたってこと……?」
魔法使いの女性が爪を噛み、声を震わせる。
「クソ……俺たち冒険歴10年だぞ!!
あんな小娘に、いいように操られていたなんて……」
戦士が地面を力強く叩きつけた。
「ところで……ここってどこなんですかね……」
ヴァリオンが辺りを見渡すと、小高い丘の上に、ただひたすら更地が広がっていた。
12人の冒険者たちは、誰も口を開けずに立ち尽くしている。
さっきまでの熱気も幻と消え、残ったのは乾いた風と、微かな砂の音だけだった。
ふと、一人の冒険者が荒野を見回し、口を開いた。
「ここは……多分、サリオン地域だな」
「サリオン……?」
ヴァリオンは眉をひそめ、荒涼とした景色を見渡す。
その時、地域に詳しそうな盗賊風の男が口角を上げた。
「まあ、落ち込むな。俺が拠点にしてる村がある。そこに行けば食事も寝床も確保できる。とりあえず、ついて来い」
その言葉に、ほんの一瞬、皆の表情に安堵が浮かぶ。
だがその安堵は、すぐに疑念の影に塗りつぶされた。
道は荒れた森を抜け、ゴツゴツとした岩場を縫うように続く。砂埃が舞い、疲労が足にまとわりつく。
「ねえ……ここって、ノクスティアからどのくらい離れてるの……?」
息を切らせた魔法使いの少女が尋ねた。
「そうだな……ノクスティアからだいたい60キロほど離れた、寂れた土地さ。身を隠すには持ってこいだよ」
案内役の男が、わざとらしく肩をすくめてみせた。
「……なにそれ。あんた、なにかに追われてるの?」
「さあね」
男の軽い口調が、逆に不気味に響く。
――この人について行って大丈夫なのだろうか。
全員が同じことを考えていた。
思えば、自己紹介すらしていない12人。
誰を信用して、誰を疑えばいいのか。
マナに操られていた記憶が、それぞれの胸に重く残っていた。
「俺たちは自分たちで進む。サリオン地域ってわかったなら、もう案内はいらねぇ」
戦士と剣士がそう言い放つと、場の空気が一層冷たくなる。
「……あっそう。好きにしな」
盗賊風の男は鼻で笑い、素知らぬ顔をした。
無言のまま、数人が反対方向へと歩き出す。
残った面々は、案内役を睨むように見ながらも、足を止めなかった。
気づけば、人数は半分になっていた。
ヴァリオンは目を細める。
――残ったのは魔法使い2人、盗賊風の男、それに年配のヒーラー。
残った6人は、互いに言葉少なに歩き出した。
足音だけが乾いた土地に響く。
誰もが疲れていて、誰もがまだ疑っていた。
だが、立ち止まるわけにはいかない。
(……今は、この案内人を信じるしかない。
疑って立ち止まるより、進んで確かめる方がマシだ……)
ヴァリオンは小さく息を吐き、剣の柄を握り直した。
風が吹き抜け、彼らの影を長く引きずりながら、丘の向こうへと伸ばしていった。




