揺れる想い
煙が晴れ、そこに倒れていたのはボロボロの男だった。
泥に汚れた顔には、欲に刻まれたような深い皺。
口元はわずかに歪み、倒れているというのに、どこか欲にまみれた影が残っていた。
「あ……広場で捜索願が出てた……ライオネルさん」
ルミナの声に、一同が息をのんだ。
「あの魔族は……ライオネルさんだったのか?だが、なぜ……」
剣を持ったまま戦士は愕然とする。
そっと首元に手を伸ばし、脈を確かめる僧侶風の男が言った。
「死んではいないようだが……重症だな」
ここにいる冒険者たちの総攻撃を受けて、ライオネルはここまでボロボロになっていた。
誰も言葉を発せず、ただ混乱と戸惑いが場を包む。
「治癒魔法……使える者はいるか?他にヒーラーは――」
「俺が1人でやれる……」僧侶風の男はそう短く告げた。
「あ.....」小さな声でルミナが手を挙げかけたが、途中で止めた。
自分の治癒魔法では範囲が狭く、重傷者を癒すには力が足りない。
指先が震えるのを、彼女はそっと握りしめた。
「だが、待て……もしこの人が本当に魔族だったのなら、治すべきではない。ギルドに突き出すべきだ」
「だが、元は人間なんだろう!? 見殺しには――!」
冒険者たちの間で意見が割れ、空気が一気に張り詰める。
ヴァリオンは目を伏せ、荒い呼吸を繰り返すライオネルを見下ろした。
「……と、とりあえず……ノクスティアに戻って、ギルドに報告をしたらどうでしょう...?俺たちでは判断でき無いかと思います...」
その言葉に数人が頷く。
「……そうだな」
魔法使いがライオネルをそっと結界魔法で囲い、慎重に持ち上げた。
瓦礫と静寂の中、誰もが胸に重たいものを抱えたまま、帰路につく。
都市に戻ると、人々がざわついていた。
立ち止まって様子を伺う者、避けて道を譲る者──混乱の余韻が街中に残っている。
その中を縫うようにして、一行はギルドへ向かった。
ギルドの扉をくぐると、ギルド長が険しい表情で出迎える。
「ご苦労だったな……君たちのおかげで、この騒動はひとまず終息した。中で温まるといい……」
その声の裏には、まだ拭いきれない緊張が滲んでいた。
案内されたのは、ギルド奥の一室。
魔法の結界が張られた部屋の中央に、ライオネルは慎重に寝かされる。
僧侶風の男が静かに手をかざし、治癒魔法を唱えた。
淡い光がライオネルの体を包み込み、傷と疲労をじわじわと癒していく。
周囲の冒険者たちも次々に治癒を受け、ようやく部屋の空気に安堵が戻り始めた。
やがて──
ライオネルの指先がぴくりと動き、瞼がゆっくりと開いた。
「……ここは……?」
弱々しい声。しかし意識ははっきりしている。
ヴァリオンとルミナ、そして冒険者たちが息をのむ中、ライオネルはふらりと上体を起こした。
「……記憶はあるかね?」
ギルド長が低い声で問いかける。
「わしは……どうしたんだ……? なんでここに……? 仕事に行こうとしたところまでは覚えておるが……」
ライオネルは頭を押さえ、眉を寄せた。
ギルド長は一拍置いて、静かに言葉を落とす。
「実は……君は、魔族化していたんだ」
ライオネルの顔から血の気が引いた。
「……な、何だと……!?」
目が大きく見開かれ、声が震える。
信じがたい現実が、ゆっくりと胸に突き刺さっていく。
周囲の冒険者たちは静かに見守る。ライオネルはゆっくりと肩を落とし、息を整えながら事態を受け止めようとするが、そのショックはまだ消えない。
ライオネルはギルド長や冒険者たちの話を聞くうちに、やがて表情が沈んでいく。
「なんてことを……」
小さく呟き、目を閉じて頭を抱える。
目の前には海底トンネルの惨状、都市の酷い有様、崩れ落ちた石壁、瓦礫、傷ついた街や港の景色。
胸の奥で込み上げる無力感と、自分が招いたかもしれない事態への責任感。
「……だが……っ!!!わしのせいではないっ!!!誰かの陰謀だ!わしは被害者だ!!!」
ライオネルは両手で頭を抱え、叫ぶように声を上げた。
「魔族化していたせいじゃ……!!わしを魔族化したものの責任じゃ!!!」
「犯人を捕まえろ!!」
ライオネルは声を張り上げ、拳をぎゅっと握りしめた。目に光が宿り、眉間の皺を更に寄せ、怒りと焦燥が混じった表情は、周囲の冒険者たちを圧倒する。
ライオネルはノクスティアで安全を確保され、すぐにアウレア王国へ護送されることになった。
都市では処置が限られるため、王国での正式な協議が必要と判断されたのだ。
ライオネルは、冒険者たちに囲まれながら強引に護送されていった。
「わしは悪くないぞ――!」
声を振り絞り、最後まで叫び続けるライオネル。
ギルドの門を抜け、護送の馬車が動き出しても、彼の声は街のざわめきにかき消されることなく、なお力強く響いていた。
周囲の冒険者たちは息を呑み、王国へ向かう護送路を静かに見守る。
「ライオネルさん……可哀想ですね」
ルミナが見送った後にそう呟いた、
「そうだよな……魔族化されてしまった為に起きた出来事だったからな……」
それでも、ヴァリオンの胸の奥に残る重たい違和感が消えなかった。
隣の盗賊風の男が小声でヴァリオンに囁いた。
「知ってるか?魔族化ってな……ただの人間は誰でもなる訳じゃないんだ。悪意や濁った心のある者だけが、あの禁忌魔法の影響を受けやすいらしい」
ヴァリオンは眉をひそめ、その話に乗った。
「……つまり、ライオネルは元々、悪意のある人間だった可能性が高いってことか……」
「そうなるな……噂でしか聞いたことないけどな……ライオネルさんは裏社会と繋がりがあるって話もあるんだ」
「それって……」とルミナの瞳が揺れる。
「本人も叫んでたけど……もしかしたら、利用されていただけなのかもしれない」
「ライオネルさんが禁忌魔法の使い手と協力関係にあったら……どうなるんだ!?」
後ろ姿に声をかける戦士。
「そうなったら処罰は免れないだろうな……」と盗賊風の男は答えてくれた。
一同は顔を見合わせてしばし沈黙する。
いきなりですが——
皆さんの中に、ひとりで傷を抱えている方はいませんか?
もし居場所がないと感じるときがあったら、この物語だけは、あなたの味方でいられたら嬉しいです。
ほんの一瞬でも、心が休まる時間になれたら幸せです。




