黎明の誓い
ヴァリオンが師匠の鋭い視線に圧倒されて硬直していると、「ふう…怪我はどうだい、大変な目に遭ったね、ヴァリオン……」
師匠が話すと声は掠れ、吐息が混ざっていた。
だがしっかりした語調でルミナの師匠はそうヴァリオンを労った。
「話は中でしよう……年寄りには魔力の渦での移動は堪えるね…」
息は上がり、少し腰が辛そうに歩く師匠をルミナが支えながらコテージに戻る2人。
「とりあえずルミナ、お茶を淹れておくれ…」
よっこいしょと小さな声と共に座る師匠。
「へえ……こっちの部屋は初めてだ……」
リビングとして使っているであろう部屋にヴァリオンが入ると、大きなシーリングファンがゆっくり回り、窓から入る潮風と共に室内をそよがせる。穏やかで落ち着いた空間だ。海沿いの窓は大きく開放され、潮の香りと光が部屋中に広がる。家具は木目を生かした温かみのある色合いで、ソファやラグは柔らかく、そこに座るだけでリラックスできる雰囲気がある。
師匠はゆっくりと茶を啜っていた。
「リュミールの町もえらいことになってしまったな……」
「あ……はい……」
リュミールでの事を知っている。
師匠には何でもお見通しなんだ……。
「…………い、今リュミールはどうなっているんですか!?」
「ああ……奴の手に落ちてしまっておるよ……ハラス・ヴォルトの魔法は洗脳が得意でな……わしでも解くのは容易い事では無いんじゃ...全盛期なら何でもなかったんじゃがな...年は取りたくないもんじゃな...」
「ど、どうしたら……町を救えますか?何か知っているのなら教えて下さい!!!」
「…………手が無い事もない」
「そ……それはどうしたらいいんですか!?」
「少し……待っておれ」
師匠は静かに水晶玉をごとりとテーブルの上に置き、覗き込み2人に語りかける。
「ヴァリオン…ハラス・ヴォルトの力に対抗するには……黎明の祭壇に向かう必要がある。そこで黎明の契約書に誓いを立てるのだ……」
ヴァリオンは少し戸惑いながら「な、なんですか……それは……れいめい...?」と、問う。
「ふむ……ではまず黎明の誓いについては、四つに分けて説明しよう」
師匠は水晶に祭壇を映し出した。
「黎明の誓いを立てるには、この祭壇にて誓約書に手を翳すのじゃ。心得ておけ。
一つ、善の心を持つ者が誓いを立てれば、その力は神聖な力となる。
二つ、私利私欲で誓いを立てる者は、呪いの力となる。
三つ、誓いにはそれぞれ、捧げるものが必要じゃ。
四つ、誓いを共に立てる仲間の心が一致していなければ、誓いは成立されぬ……」
「ここまでは理解できたかのう?」
「そ……その祭壇で……仲間を探して4人で誓いを立てれば……ハラス・ヴォルトに勝てるんですか?」
「…………勝つ勝たぬの誓いではない。誰かを消すのでは無い……善の心を持つ4人で同じ誓いを立てるのじゃ……その誓いは儂が考える事ではない。己の心に聞くのじゃ……」
「同じ……誓いを……」
ヴァリオンはそう繰り返した。
「し……師匠……以前に誓いを立てて成立された者はいるんですか?何を誓ったんですか?」と、ルミナ。
師匠は渋い顔をして口を一旦噛み締めて……口を開いた。
「ハラス・ヴォルトじゃよ……彼はこの誓いを自分の野望の為に使い、誓いを成立させてしまったのじゃ…私利私欲のため、善なる心を持つ者たちを犠牲にした」
「犠牲…?」
「そう……あの時、彼の心は野望に満ち溢れ闇に染まっておった...強い肉体と、美貌と、高い魔力を持つ善なる者達を言葉と魔法で洗脳し、弱みにつけ込みハラス・ヴォルトはその者達を思惑通りに動かす事に成功しておる...今もその者達は自分の意思に反した形で操られ、ハラス・ヴォルトに縛られ続けておる」
「ひどい…」
「だからこそ、今度は皆の心を一致させ、善の者が正しい心を持ち、誓いを立てねばならぬ。そうすれば、力は神聖なるものとなる」
「あの…誓いは4人ですよね?誓いを立てた者がハラス…ヴォルト」ヴァリオンは嫌な予感がした。
「うむ……いかにもじゃ」
「そ、その犠牲になってしまった3人はまさか…」
「うむ…そのまさかじゃ…」
「!!」
「ブレイブ、パルス、哀麗の3人じゃ」
「な…………っ!」
ヴァリオンは思わず取り乱してしまう。
「わ、私もブレイブ将軍の名は知っております……国家を支える聖騎士様だったとか……消息不明になったと聞いた事があります…」
「な、何を捧げたって言うんですか!?そんなすごい人が!!」
「うむ……ブレイブは忠誠心を捧げたのじゃ……国の為に誇りを持った強く頼もしい聖騎士じゃった……わしもよくは知らぬのだが…ブレイブは上層部の汚いやり方を嫌っていた……その嫌悪感につけ込まれ……ブレイブは洗脳にかかり、今やハラス・ヴォルトに対して呪いの忠誠心を抱いておる…強い嫌悪感がハラス・ヴォルトと通じる者があったのやも知れん……」
「な…………っ!そんなの……あんまりだ!」
あんなすごい騎士が……あんな奴に!
「ほ……他のお二人も?」
「後の2人も詳しくは知らぬが…パルスは知能の足りぬ純粋無垢な人間だったと聞いておるが…出身地も家族構成も全く分からぬままじゃ…」
「あ……哀麗は!?哀麗はなんで……」
「ああ……あの子は以前見かけた事がある。ハラス・ヴォルトが惚れてつけ回していた娘じゃ……だが不遇の環境で両親を早く亡くして弟を養う為、町から町を渡り歩き、ステージに立って人々を魅了する人気スターだった…」
「そんな……っ!不遇な環境なのに弟さんと引き離すなんて……」
「うむ……あそこまで美しい娘はそうそうおらんからな……美しさが罪になる時もあるのかのう……」
「哀麗…………」
やはり君は……。
許さない……ハラス・ヴォルト……!
震える拳、怒りが全身から溢れる……。
「ヴァリオン……。怒りに身を任せるでないぞ?誓いが憎しみに変わればまたお主もハラスヴォルトと同じになってしまう!」
「そ……んな……!あんな奴……酷い目に遭わせてやればいいんだ!」
「ヴァリオン、さっきも言ったが……呪いとなるか神聖な力になるかは誓いを立てる主次第なのじゃ!4人が同じ誓いを成立させなければならぬ!己の弱さに打ち勝ち、強い精神を保つのじゃ!さすれば道は開ける……!」
師匠は真っ直ぐにヴァリオンを見据えた。
「…………っ!」
だがそう簡単には割り切れない!
哀麗を……あの人を……苦しめて、縛り付けているあいつが許せない!!
「少し……頭を冷やして来ます……」
「…………」
ヴァリオンはフラッと部屋を後にした。
「師匠……」
「うむ……まだ若い奴には荷が重過ぎたやもしれぬ……じゃが……わしはヴァリオンなら成し遂げると長年の勘が告げておる……」
「わ、私も……ヴァリオンさんに付いて行っても……構いませんか!?」
「ルミナ……」
「誓いを立てる1人に善の心を持つ者……私がその1人に……なります!」
拳を握り締め、真剣な眼差しで師匠にそう訴えるルミナ。
「ああ……行っておやり……よく言ったね、ルミナお主は優しい心を持っておる子じゃ。そしてヴァリオンも優しい男じゃ……助けになってやるんじゃ……」
「はい!師匠……」
「良いかい?必ず戻って来るんだよ……ルミナ」
「必ずや……無事に戻ります……」
師匠はルミナをそっと抱き寄せシワシワの手で髪を優しく撫でた。
「くそ!くそ!くそ……!」
ヴァリオンの声が、波のざわめきにかき消されそうになる。
拳を握りしめ、怒りが理性を超え、全身を震わせる。
「――ハラス……ヴォルト……よくも!よくも……っ!私利私欲の為に……哀麗を……っアスティアや母さん……町の皆……!」
頭では冷静になれと言い聞かせるが、感情は暴れまわる。
波音が遠くでざわめくだけの静寂を、ヴァリオンの鼓動が突き破った。
息が浅く、胸の内で燃え広がるのは怒りと焦燥だけ。
指先に力を籠め、彼は視線を一点ーーあいつの顔を思い出していた。
ドッッッッ!!
渾身の力で拳を砂浜に突きつけた。砂が飛び散り、海風がその衝撃を攫って行く。
声は割れ、地面にまで届くほどに震えていた。
「お前を……絶対に許さない、ハラス……ヴォルト!!」
叫びと共に吐き出された言葉は、激しい怒りそのものだった。目は赤く、唇は震え、理性はまだ完全に折れてはいないと自分に言い聞かせるが――胸の奥底ではもう、許しなどあり得ないと確信していた。
第10話をお読みいただきありがとうございます。
ようやく本作タイトルにもなっている「黎明の誓い」について、本筋に触れることができました。
これからはヴァリオンの旅を通して、ブレイブ将軍やパルス、そして哀麗ちゃんたちの過去にも少しずつ迫っていきたいと思っています。
彼らの成長や絆を、これからも見守っていただけたら嬉しいです。
どうぞよろしくお願いします!




