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悪役令嬢推しの転生ヒロインと、王子×ヒロインのカプ厨の転生悪役令嬢。

noel





『なんでこんなことを』



その言葉が、耳の奥に落ちた。

心が苛立ちの音を立てる。



『お前には失望した』



続けて聞こえる声。ふざけんな!と叫びたかった。

喉の奥で、その怒りがせり上がるのを感じた。


何度だって感じた憤り。


続くのは、あまりにも重い婚約破棄の決定。煌びやかなシャンデリアに照らされた彼女の横顔には、悔しさが滲んでいた。ああ、やめて、と何度思ったことか。けれど、しばらく唇を噛み締めていた彼女は、その顔を上げた時にはすでに、いつもの完璧な貴族令嬢としての仮面を貼り付けていた。


『如何様にも裁けばいいわ』


吐き捨てるようにつぶやいたその言葉が、私の、最愛の推しの最後のセリフだった。


何度も何度も、食い入るように見たシーンが、脳内に蘇る。




「クラリス様…」

鏡の中の私──ノエルは、あの時の彼女のように、固く唇を噛み締めた。










ノエル。ノエル・エイヴァリー。

それが、今世の私の名前だ。

たぶん、そうなのだろうという疑問と、そうだという肯定が胸の裡で融合して納得の形に収まった。


けれど鏡の中で硬い表情をし、こちらを見つめ返す姿は愛らしい容姿なのに、どこか冷たくてちぐはぐだ。


意識をして深呼吸を繰り返す。

パニックになりそうな脳が、この世界の知識と、『私』の記憶と混ざっていく。


整合性を取ろうとする過程で気持ちが落ち着くのってなんでなんだろう。生存本能なのかな、と思って、ああそうか、生きてるんだ、と思い至ればパニックは収まった。


元々、柔軟性はあるほうだ。

そうでなければ県庁の国際・観光課職員なんてやってられない。調整は得意分野だ。人と人の調整、とはいえ私の中に宿る二つの記憶と言い分の調整も似たようなものだろう。そもそもヒロインってくらいだし、そこまで大きな性格設定ないのよね、この子。元気で可憐で頑張り屋。プレイヤーのうつしみなのだから当然なのかもしれないけど。




「…それにしてもなんていうか…」

子爵家の令嬢であるノエルの身を、真新しい制服が包んでいる。

今日は高等部の入学式。ドレッサーには、両親からの進級祝いの手紙が添えられていた。お祝いは、ずっしりと重い真新しい手帳。この先の学園生活の出来事を毎日記録しても、きっと大丈夫だろう。


胸のリボンをキュッと締め上げる。

貴族令嬢だというのに、部屋に私の身支度を整える侍女はいない。子爵家とはいっても、歴史が長いだけで、武勲もなければ領地は王都から遠い。細々とどうにか領地経営を行っているような、どうにか食うには困らない程度の家だ。だからこそ家庭教師をつける余裕はなく、王立で優秀な成績を納めていれば奨学金制度もあるこの学園で、初等部から寮生活を続けてきた。ふわふわで扱いにくいハニーブロンドの髪を、赤いリボンでまとめてポニーテールにする手つきも、すっかり慣れたものだ。本当の自分であったなら、こんなにもあっという間にはできなかっただろう、と苦笑が漏れる。


鏡に映る、高等部の制服に身を包んだ私。手の中の見覚えのある真新しい手帳。


それらが、私──佐伯遥さえきはるか──の記憶を鮮明に呼び起こした。


そう、私は。


「これも運命だわ」


ふふ、とノエルは笑った。


「私はきっと、クラリス様を救済するためにここにいるんだ!」




異世界転生?なるほど理解した。

この私が、『ノエル・エイヴァリー』の姿で今日この日にこうして覚醒したこと。

それはきっと運命だ。オタクを舐めんな。


待っていてください、クラリス様。

『君と綴るロマンス・クロニクル』、通称「君クロ」の主人公として、私が絶対にあなたを幸せにしてみせます!













さて。

乙女ゲームと異世界転生、合わさればどうなる?

こうなる、としか言いようがない。うん、すごくわかりやすい。





学園までの道を歩きながら、私は改めて思考をまとめていた。

この世界は『君と綴るロマンス・クロニクル』、通称「君クロ」という乙女ゲームの世界。私のこの姿は、いわゆるヒロインだ。


普通はヒロインが新しく入学するところから始まるものが多いけれど、このゲームは少々変わっていた。すでに初等部から中等部までこの学園にずっと在籍しているヒロインの元へ、高等部から上位貴族の面々が入学してきて、そこから恋が始まる──というちょっと不思議な始まり方をする。というのもこのゲーム、舞台となっている世界観は、別の人気ゲームと同じで、その100年後が設定なのよね。前のゲームをやりこんだプレイヤーには今更新鮮味はないだろうという配慮から、慣れ親しんだ学園、という設定になっているのだ。


子爵家の内情から言わせてもらえば、この王立アストラル魔術学園は、素晴らしい制度だと思う。

貴族はそもそも将来の官僚候補。

いわゆる公務員だ。私ももとはそうだったからよくわかる。公務員って公務員試験てあるじゃない?私は公務員第一志望で、民間企業は二の次だったから、みんなが就活を始める大学三年のころにちょっとはらはらしながら就活もせずに公務員試験に向けての勉強をしていた。そう、公務員になるには試験があって、勉強をしなければいけない。

あたりまえだけど、このファンタジーの世界だって世界として成り立っていて、さらには王制なんてものを敷いているわけだから、ちゃんとした組織で成り立っていて。なおかつ実家はあまり余裕がないために、いわゆるオブラートに包んだ言い方をすると寄付、という手でいい印象を持ってもらおうなんてのは無理。そうなると将来のためにちゃんとした勉強をしなければならないわけで、勉強をするためにはつまりお金がかかる。その教育を一律で王立の学園で受けさせてあげようというのだから、王家は太っ腹だ。記憶がよみがえる前の私も喜んで初等部から通わせてもらっている。もちろんある程度お金はかかるけれど、それでも専門の家庭教師を何人も雇うことと比べたら雲泥の差。

そう、つまりお金があればいいのだ。皆一律の教育ではなく、専門の家庭教師をつけて高度な教育をご自宅で行う。ご自宅で勉強ができればこの学園へ入学させる必要はない。上位貴族の皆さんはそうやって少年期を過ごし、家庭教師だけでは賄えない部分を補うため、高等部からこの学園に入学するのだ。

ある意味での社交界デビューの前哨戦として、すでに高度な教育を受けてきた前提で。

それが、このゲームの始まり。



そんなわけで本日は高等部の入学式。

『君と綴るロマンス・クロニクル』の始まりの日。


ヒロインは慣れ親しんだこの学園で、新しく出会う攻略対象と切磋琢磨しながら成長し、そして恋に落ちる。


だからこそ、私は、今日、目覚めたんだろう。

高等部の制服姿と、セーブ機能画面に表示されるアイコンによく似たあの手帳。

それらが私を目覚めさせた。



このゲームをやりつくし、悪役令嬢と呼ばれる「クラリス・ルクレティア・フォン・グランツ」様をこよなく愛するこの私が。



「ふ、ふふ……!」


クラリス・ルクレティア・フォン・グランツ様。

クラリス様は、このゲームでヒロインの当て馬として描かれる。王子様の婚約者で、ほぼどのルートでも隣国との密通の末に婚約破棄され、罪に問われて処刑されてしまう。いや、罪重すぎない!?普通の悪役令嬢ってヒロインを邪魔したとか苛めたとかそんなんじゃないの!?極悪すぎるだろ、この悪役令嬢!容姿めちゃめちゃ好みなのに、もったいない!!!!

 ……なーんて、思っていたころが私にもありました。


違うのだ。

クラリス様の本当のところは、そうじゃない。

クラリス様の隠しルートにたどり着いた私は、もともとドンピシャ好みだった容姿も相まって、完璧に彼女に落ちた。この隠しルートの真実に触れたとき、何度SNSで叫んでやろうと思ったことか。しかしそれは禁断のネタバレである。ネタバレをSNSで叫ぶなど言語道断。オタクとして踏み込んではいけない領域だ。


けれどわかるか?推しが。

私の推しが、冤罪をかけられて不幸になっていくのをただ見守るしかできない、この気持ちが!

あの隠しルートの難易度が高すぎるせいで、たどり着くプレイヤーはごくわずか。クラリス様を、極悪女と罵るポストであふれるあのSNSを見ている私の気持ちが!!!!!!

自家発電でクラリス様救済SSを一人で書き続けていくことしかできなかった私の!気持ちが!!!!


けれど今は違う。

目の前にそびえる学園の正門の前で深呼吸をした。

図らずとも、ゲーム冒頭のノエルの行動をとってしまった自分に少し笑った。

胸に過るのは少しの不安と期待、うん、そうだよね。

それは私も同じだけど。



私がここにいることの意味は、つまり。


「絶対に、絶対に幸せにする。私が、この手でっ!!」


握りしめた拳を振り上げる──のは貴族令嬢として胸の裡だけにとどめておいて。

私は改めて確固たる決意を胸に、新しい一歩を踏み出したのだった。







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