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暇。ただただ暇だ。
「おまたせー」
右手に買い物袋を下げたのぞみさんたちが、ようやく出てきた。
「いいものありました?」
「あったよー、海人君も買えた?」
「はい」
「海人―」
後から出てきた綾音さんのニタニタ顔に、嫌な予感しか浮かばない。
「のぞみの水着すごく可愛いから、明日楽しみにしてて」
「はいはい」
これ以上からかわれないように顔色に出さないように気を付ける。
「お兄ちゃん、のあはこれにしたー」
乃愛が、買った水着を見せてくれた。
「乃愛、ちゃんと綾音さんにお礼言った?」
「忘れてた、心音ちゃんのママありがとう」
乃愛が小さくお辞儀する。
「どういたしまして」
広い海、青い空。夏にふさわしい光景だった。
真夏の太陽に焼かれている俺にとって目の前に広がる海は、オアシスそのものだった。
「のあちゃん海行こう」
「うん!」
乃愛と心音ちゃんが、海に向かって駆け出していた。
「心音、乃愛走ったら危ない!」
綾音さんの声が、真後ろから飛んでくる。
真夏の海の魔力に引き寄せられ、俺も気づけば走り出していた。
サンダルを脱ぎ捨て、そのままの勢いで飛び込んだ。
海水の冷たさに慣れない体だったが、その冷たさも気持ちよさに変わっていった。
灼熱だった太陽の光も今となっては、聖なる光に思えた。
「お兄ちゃん」
ぷかぷかと浮き輪で浮いている乃愛と心音ちゃんのもとに行く。
「海人君もいきなり走り始めたからびっくりしたよ」
後ろで聞き覚えのある声が、向かってきた。
白い肌を露出したのぞみさんに視線を奪われる。
「お姉ちゃんの水着かわいい」
「ありがとう。乃愛ちゃんの水着も可愛いよ」
褒められた乃愛は、笑みをたたえていた。
「海人君のもかっこいいよ」
俺の方に振り返ったのぞみさんの顔と太陽が重なる。
突然顔に冷たい海水があたった。犯人は、満面の笑みを浮かべていた。
「海人君、涼しいでしょ」
仕返しにのぞみさんへ冷水攻撃を開始する。
「つめたっ」
俺は、間髪入れずに波状攻撃を仕掛ける。
「ねぇねぇ、お兄ちゃん浮き輪後ろから押して」
のぞみさんと一時休戦をして、乃愛の浮き輪を押す。
「乃愛ちゃんだけずるい。わたしも押して」
「心音ちゃんは、私が押すね」
心音ちゃんの担当になったのぞみさんと共に、押していく。
揺れる水面、平等に皆へ降り注がれた太陽光、そして透き通るほど綺麗な水中の世界。全てが輝いて見えていた。
海の家での昼食でエネルギーを補給し、再び真夏の海に繰り出す。乃愛と心音ちゃんは、パラソルの下綾音さんに見守られながら眠っている。
「のぞみさんは泳げるんですか?」
すでにサンダルを脱いで、泳ぐ気満々になっていた。
「泳ぐのはちょっと自信あるんだ」
「はしゃぎすぎて溺れたりしないでくださいよ」
そうは言ったが、自信に満ち溢れているあなたの顔を見ると心配する必要はないみたいだ。
「そんなことないよ」
口を尖らしている姿を見て、頭の中では小鳥の姿が映し出されていた。
「海人君入らないの?」
考えている隙に、のぞみさんはすでに海の中へと入っていた。
俺は走り出し、大海原へ飛び込んだ。
水中で目を開けると、目の前に小さな小魚が横切る。
前で泳ぐのぞみさんを追いかける。