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カーテンから漏れ出る朝日が、顔に当たって瞼が開く。
寝起きは悪い方ではないが、今日は格段に目覚めがいい。
労働がなく、楽しみがあるときは、自然と活力が湧いてくる。
腹筋に力をこめ、上半身を起こす。
キッチンの方から懐かしい匂いがやってきた。
まだ少し眠たい眼を擦り、立ち上がる。
「おはようございます。早いですね」
のぞみさんが、エプロン姿で台所に立っていた。
「おはよう。三連勤後の海人君はゆっくりしてて」
のぞみさんの気遣いに感謝し、椅子に深く腰掛ける。
優雅な朝の一時が、そこには流れていた。
「コーヒーか紅茶どっちがいい?」
「紅茶でお願いします」
「はーい」
パンが焼ける香ばしい匂いに、食欲が刺激される。
「お客さま、こちらブレックファーストになります」
ウェイターになったのぞみさんが、目玉焼きが乗ったトーストを運んできてくれた。
「ありがとうございます」
手を合わせ、感謝の言葉を口にする。
「いただきます」
半熟な目玉焼きの黄身が割れ、トーストの上に流れ出る。
トーストにかぶりつき、気づいたら完食していた。
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
「どういたしまして」
得意げなシェフが、俺の顔を見てニヤニヤしていた。
「何ですか?」
「ほっぺたについてるよ」
言われた頬付近を触って、手を見ると卵がついていた。
恥ずかしさと焦りに陥っている俺の前に、ティッシュが差し出された。
「はい、これ」
「ありがとうございます」
のぞみさんからティッシュを受け取り、素早くふき取る。
「ここまだついてるよ」
のぞみさんの右手が伸びてきて、人差し指が頬に当たる。
「これでとれたよ」
そう言ったのぞみさんは、自分の指についた卵を舐めとった。
少し刺激が強すぎたのか、背筋がぞくぞくした。
妖艶に写るその人の姿は、この先も忘れないだろう。
「お兄ちゃん、お姉ちゃんおはよう」」
振り返ると、乃愛が目を擦りながら起きてきた。
「乃愛ちゃん、おはよう」
二人の兄妹と一人の他人の一日が、今日も始まる。
車窓から流れ去る景色を眺める。
車に揺られて、眠気がやってくる。
「ママ、今から何買いに行くの?」
「明日、海に遊びに行くからその時いるもの」
ん?今何って言った?
「「やったー、海だ」」
乃愛と心音ちゃんの歓喜の声で、空耳ではないことに気づく。
「のぞみさん、海行くなんて聞いてないですよ」
無意識に少し鋭い口調になっていた。
「あれ?海人君に言ってなかったっけ?」
「聞いてませんよ」
「海人君、海水浴嫌だった?」
「そんなことはないですけど」
上手く言い返せなかったが、不思議と悪い気はしなかった。
俺は、再び車窓に視線を移す。