5
穏やかな夏の昼下がり、文明の利器であるエアコンの恩恵を、一身に受ける。川の字に並んだ布団の上で、俺は惰眠を謳歌しようとしていた。
両隣の二人は、寝息を立てて、先に夢の世界に入っていた。昨日の夜から、妙に忙しく、実に楽しい時間を過ごせている。
体は休まり、思考も段々鈍くなっていく。目を瞑ると、乃愛とのぞみさんの笑顔が、浮かんでくる。そして、俺の意識が、底へ底へと沈んでいく。
烏の鳴き声で、起こされる。
窓から夕陽が入り、部屋が茜色に染まる。
急いで起きる必要もなく、頭の半分はまだ温かい泥のような無意識の領域に留まっていた。
どれくらいの時が、流れただろう。流石に起きようと力を入れ、体を起こす。
「起きた?よく寝てたね」
すでに起きていたのぞみさんが、台所の方から出てきた。
「そんなに寝てましたか?」
体を伸ばしていたら、あくびが出る。
「うん。気持ちよさそうな顔で寝てたよ」
のぞみさんが、微笑んでくれた嬉しさと寝顔を見られた恥ずかしさがせめぎ合う。
「まだ眠たそうだよ」
微睡の中にまだ漂う俺の思考が、動き始めるまでしばしの間、脳を手放していた。
頭が覚醒してくると、空腹感が顔を覗かせてくる。
少し残る倦怠感に別れを告げると、ようやく立ち上がる。
「のぞみさん、何か手伝うことありますか?」
俺のエプロンを身に纏ったのぞみさんが、振り返る。
「ご飯が出来るまでゆっくりしてて」
「良いんですか?」
「これから一緒に住む身として、これくらいさせて」
「ありがとうございます」
「年下なんだから、もうちょっと頼ってきて欲しいな」
あなたのその笑顔で、俺の心が軽くなったことをあなたは知っているのだろうか。
「それならお願いしてもいいですか?」
のぞみさんの厚意に、甘えることにした。
「うん!任せて」
白熱灯に照らされたいつもの食卓だが、何故か懐かしさがよみがえる。
三人が、揃って席に座る。
「いただきます」
「いただきます」
「いただきまーす」
家に乃愛以外の人がいる違和感も、徐々に薄れている。
のぞみさんが、作ってくれた料理を口に運ぶ。
ホクホクとした温かみと共に、旨味が口一杯に広がる。
「うまっ」
「海人君、またそれ言ってるよ」
無意識に発した言葉で、のぞみさんの笑顔の花が咲いた。
「本当に美味しいから」
「ほんと?」
「はい。乃愛もそう思うよな?」
「うん!お姉ちゃんお料理上手だね」
乃愛の無邪気な口撃を受けたのぞみさんの頬は、桃色に染め上がっていた。
「海人君も乃愛ちゃんも、ありがとうね」
「どうしたんですか?急に」
「なんだかとっても嬉しくなっちゃった」
他人であるはずのあなたと嬉しささえも、共有したいと願った。
俺は、再び料理に手を伸ばした。
肩まで湯船に浸かると、全身がほぐれていくのを感じる。
湯気でぼやけているその視界が、俺自身の世界に誘ってくれる気がする。
今日ほどの充実感は、久しぶりだった。これからも今日みたいな日が、続くことを願う。
身も心も、高揚感に包まれていた。しかし、明日がバイトの出勤日という事実が姿を現し、のしかかってきた。
しかし、水面に映る俺の顔は、明日への光を捉えていた。