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 穏やかな夏の昼下がり、文明の利器であるエアコンの恩恵を、一身に受ける。川の字に並んだ布団の上で、俺は惰眠を謳歌しようとしていた。

 両隣の二人は、寝息を立てて、先に夢の世界に入っていた。昨日の夜から、妙に忙しく、実に楽しい時間を過ごせている。

 体は休まり、思考も段々鈍くなっていく。目を瞑ると、乃愛とのぞみさんの笑顔が、浮かんでくる。そして、俺の意識が、底へ底へと沈んでいく。

 

 烏の鳴き声で、起こされる。

 窓から夕陽が入り、部屋が茜色に染まる。

 急いで起きる必要もなく、頭の半分はまだ温かい泥のような無意識の領域に留まっていた。

 どれくらいの時が、流れただろう。流石に起きようと力を入れ、体を起こす。

「起きた?よく寝てたね」

 すでに起きていたのぞみさんが、台所の方から出てきた。

「そんなに寝てましたか?」

 体を伸ばしていたら、あくびが出る。

「うん。気持ちよさそうな顔で寝てたよ」

 のぞみさんが、微笑んでくれた嬉しさと寝顔を見られた恥ずかしさがせめぎ合う。

「まだ眠たそうだよ」

 微睡の中にまだ漂う俺の思考が、動き始めるまでしばしの間、脳を手放していた。

 頭が覚醒してくると、空腹感が顔を覗かせてくる。

 少し残る倦怠感に別れを告げると、ようやく立ち上がる。

「のぞみさん、何か手伝うことありますか?」

 俺のエプロンを身に纏ったのぞみさんが、振り返る。

「ご飯が出来るまでゆっくりしてて」

「良いんですか?」

「これから一緒に住む身として、これくらいさせて」

「ありがとうございます」

「年下なんだから、もうちょっと頼ってきて欲しいな」

 あなたのその笑顔で、俺の心が軽くなったことをあなたは知っているのだろうか。

「それならお願いしてもいいですか?」

 のぞみさんの厚意に、甘えることにした。

「うん!任せて」


 白熱灯に照らされたいつもの食卓だが、何故か懐かしさがよみがえる。

 三人が、揃って席に座る。

「いただきます」

「いただきます」

「いただきまーす」

 家に乃愛以外の人がいる違和感も、徐々に薄れている。

 のぞみさんが、作ってくれた料理を口に運ぶ。

 ホクホクとした温かみと共に、旨味が口一杯に広がる。

「うまっ」

「海人君、またそれ言ってるよ」

 無意識に発した言葉で、のぞみさんの笑顔の花が咲いた。

「本当に美味しいから」

「ほんと?」

「はい。乃愛もそう思うよな?」

「うん!お姉ちゃんお料理上手だね」

 乃愛の無邪気な口撃を受けたのぞみさんの頬は、桃色に染め上がっていた。

「海人君も乃愛ちゃんも、ありがとうね」

「どうしたんですか?急に」

「なんだかとっても嬉しくなっちゃった」

 他人であるはずのあなたと嬉しささえも、共有したいと願った。

 俺は、再び料理に手を伸ばした。


 肩まで湯船に浸かると、全身がほぐれていくのを感じる。

 湯気でぼやけているその視界が、俺自身の世界に誘ってくれる気がする。

 今日ほどの充実感は、久しぶりだった。これからも今日みたいな日が、続くことを願う。

 身も心も、高揚感に包まれていた。しかし、明日がバイトの出勤日という事実が姿を現し、のしかかってきた。

 しかし、水面に映る俺の顔は、明日への光を捉えていた。


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