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壮大な入道雲が、夏の空に鎮座していた。
乃愛のはしゃぎ声と蝉の大合唱が、重なった気がした。
彼女と乃愛が、一緒にすべり台の階段を登っていった。
彼女と乃愛が、本当の姉妹のように見えてきたのは気のせいだろうか。
「お兄ちゃん、滑るところみてて」
乃愛が、勢いをつけて滑り落ちてきた。
「次は、私の番ね」
乃愛より勢いがついて降りてきた彼女は、止まり切れずすべり台から放り出された。
「いったぁ」
お尻をさすりながら痛がる彼女に、自然と口角が上がってしまう。
「大丈夫ですか?」
「何笑ってるのよ」
「ごめんなさい、つい」
「ついって何よ」
頬を膨らましているあなたを、微笑ましく思う。
「お兄ちゃんも、すべり台すべってよ」
「え?俺?」
「私も乃愛ちゃんに賛成」
二人の催促で、すべり台の頂点へ向かう。
日光によって、少し暖められた金属の上に座る。
小さい頃、よく見ていた景色だ。
景色が、段々加速する。
景色が流れつづける中、見覚えのある人影が二つ見えた。
気づけば、すべり台の終着点についていた。
乃愛と同じくらいの背丈の女の子が、こちらの方に駆けてくる姿を捉える。
「のあちゃん、おはよ」
「ここねちゃん、おはよ」
乃愛の笑顔が、はじけていた。
「心音、急に走ったら危ない」
活気あふれるその声が、持ち主の性格をよく表している。
「ここねちゃんのママも、おはよ」
「綾音さん、こんにちは」
乃愛の後に、俺も続く。
「乃愛も海人も、こんにちは」
綾音さんのよく焼けた小麦色の肌は、この町によく似合う。
「その子は?」
綾音さんの目線は、彼女に向けられる。
「もしかして、海人にもついに春がきた?」
綾音さんにも、からかわれる。
「そんなのじゃないですから」
「そんなのって何のこと?」
彼女が、横から入ってくる。
あなたが、ややこしくしてどうするんですか。
「この人記憶がないらしいです」
「え?」
綾音さんが、目に見えて困惑していた。
「記憶喪失ってこと?」
「一応そんな感じです」
彼女は、また断言しなかった。
「俺もこの人のことあんまり知らないんですよ」
「昨日、一緒に寝たのにつめたい」
「海人、やるねー」
「いい加減からかわないでください。後、綾音さんも、のらなくていいですから」
彼女と綾音さんは、互いに目を見合わせ微笑む。
乃愛と心音ちゃんが、楽しそうに遊んでいるのを見ていると心が暖かくなるのを感じる。
「本当に何も覚えていないんだね」
「はい。自分の名前すら分からないです」
「それは、大変だったね。でも、たどり着いたのがこの町だったのは、ラッキーだよ」
「何故ですか?」
「この町の人間は、困っている人はほっとけないお人よしばかりだからね」
「確かに私も、お人よしな男の子に助けられました」
「海人は、素直じゃないけど優しい男だよ」
「はい。会った時からずっと優しかったです」
それにしても、夏とはいえ今日は特に暑い。
自分でも、顔が熱くなっているのを感じる。
「それに海人は、乃愛のためにバイトして、親代わりになっているんだ。大した男だよ」
綾音さんは、そう言うと俺の頭をくしゃくしゃにする。
綾音さんは、昔からこうやって元気をくれる。あの時だってそうだった。
「そういえば、何て呼べばいい?呼び名くらいあった方が便利だと思うよ」
「確かに。それなら、せっかくだし海人君につけてもらいたいな」
またしても、急にキラーパスが飛んできた。
「のぞみ」
自然と口に出していた。
「え?なんで?」
「直感です」
「のぞみか、良い名前だね」
綾音さんが、満足そうにうなずいていた。
「私も、のぞみって名前気に入った。ありがとうね、海人君」
のぞみという名が、胸の中でこだまし続ける。
「のぞみ、困ったことがあったら私に何でも相談しなよ」
「ありがとうございます」
「もちろん、海人もね」
「はい」
周りの大人たちに恵まれている現状に、つくづく幸せを感じる。たとえ、親が二人ともいなくなった家族だとしても。