表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/15

10

 のぞみさんは、水を得た魚のように自由に泳いでいた。

 どのくらい泳ぎ続けただろう。空は、夕焼けの色に染まっていた。

 ごつごつした岩が露出した砂浜の端まで来ていた。

「海人君、こっち」

 水面から顔を上げ、声のする方に視線を動かす。

 のぞみさんは、大きな岩の上に腰掛けていた。その姿は、乃愛が読んでいた絵本に出てくる美しい人魚そのものだった。

 しばらく目の前にいる現世の人魚に見惚れていた。

「来ないの?」

 そう言ってのぞみさんが、立ち上がろうとしたその時だった。

「きゃっっ」

 濡れた岩の表面に滑り、のぞみさんが海に落ちてしまった。叫ぶ前に体が動いていた。

「大丈夫ですか!!!」

「いったぁぁ」

 のぞみさんが手で押さえている足に目を向ける。赤き液体が海に滲んでいた。

「血が出てるじゃないですか。とりあえず、上がりましょう」

「うん」

 のぞみさんの手をしっかり握り、陸へと向かう。 

 水の中から出ると、地上の重力を思いのほか感じる。のぞみさんに背を向けて、膝をつく。

「え?」

「乗ってください」

「うん」

 少しの重みを感じた後、しっかり支えて立ち上がる。

「重くない?大丈夫?」

「俺のじゃなくて今は自分の心配してください」

「うん。海人君優しいね」

 背中の重みと温かさが、増した気がした。砂浜を一歩進むたび、足が沈み込む。少しばかり遠くまで泳いだことを後悔する。

「海人君の背中あったかい」

 いつもより口数が少ないのぞみさんが呟いた。俺の代わりに、波の音が返事をしてくれた。

 昼間は混んでいた砂浜も、夕方である今は閑散としていた。熱くて重く、それでいて静かなこの時間が少しだけ好きになれた。


「どこまで行ってたの?」

 少し口調が強くなった綾音さんが、仁王立ちで待っていた。

「端まで泳いでいました。すみません」

「私が何も考えずに泳いだせいです」

 綾音さんの視線が、少し上に移動する。

「何でのぞみは、海人におんぶされているの??」

「ちょっとすりむいちゃって」

「大丈夫?ちょっと傷見せて」

「はい」

「切れちゃってるね、一応絆創膏持ってきているからとりあえず洗い場で足洗おうか」

「ありがとうございます」

「海人、私はのぞみ連れていくからこの子たちお願いしていい?」

「はい、お願いします」

 綾音さんとのぞみさんを見送り、仲良く眠っている乃愛と心音ちゃんを見守る。


 車内の揺れが、眠気を促進させる。

 眠りに落ちていく狭間で、綾音さんとのぞみさんの会話が聞こえてきた。

「足大丈夫?」

「はい、もうあんまり痛くないです」

「それならよかった」

 のぞみさんのその言葉を聞けて、安心した。

「海人が、運んでくれたの?」

「海の中で手を引っ張ってくれて、上がってからおんぶしてもらいました」

「のぞみ、嬉しそうだね」

「分かります?海人君の背中思ったよりも逞しくて温かったんですよ」

「うんうん」

「これは、海人君には絶対言わないで欲しいんですけど・・・・」

 続きを聞きたい願望は、眠りの世界からの招待によって消えた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ