交替
その頃、ガゼルは墓を見回っていた。
(やけに静かな夜だな…)
空を見上げれば、満点の星の中に大きな月が輝いている。
──今日は満月。魔の物達が活発になる夜…
ガゼル自身も血が疼き、自我を保つことすら難しかった。だが、アリアネと出会い、一緒にいるようになってからは不思議と落ち着いてられる。
『ガゼルさん…』
「アリアネ?」
ふと、アリアネに呼ばれた様な気がした。そんな訳ないなと思い直し、一歩足を地に付けた時
ゾクッ
悪寒が走るなんて生まれてこの方経験した事ない。不思議に思いながら顔を上げると、そこには笑顔のアリアネがいた。
「アリ──……」
名を呼ぼうとしたが、何かがおかしい。目の前にいるのは紛れもなくアリアネなのだが、胸騒ぎがして落ち着かない。
ジッとアリアネの顔を見つめていると、ニヤッと口端が吊りあがった。それを見た瞬間、確信した。
「お前…アリアネじゃないな」
睨みつけるガゼルを嘲笑うように「ふ、ふふ…あははははは!!!」と高々に笑った。
「あ~ぁ、やっぱりバレちゃった?」
「お前…」
「馬鹿な女だ。ちょっといい顔したら、簡単に騙されてくれちゃってさ。こいつ、あんたの為ならって言ってこの身体受け渡してきたんだぜ?健気だよなぁ」
「……」
ガゼルは黙ったままアリアネの身体を奪ったディオを睨みつけていた。
「ははっ、俺が憎いか?残念だったな。あんたは俺には勝てない。大事な女、傷付けたくないだろ?」
勝ち誇ったように目を細めて微笑むディオに、ガゼルはギリッと歯を食いしばり、血が滲むほど拳を握りしめている。
「こいつの体は最高だ。自然と力が漲ってくる…安心しな。俺は約束は守る男だからな。アリアネの願い通り、あんたを殺ってやるよ」
目を光らせながら両手を広げると、地面がボコッと盛り上がり、死者が這い出てきたではないか。
「なッ!」
死者を操ることは、例え悪魔だろうと禁忌とされている。その理由は人としての道徳や尊厳云々もあるが、一度死んだ者を操るにはそれなりの力がいる。早い話が、体に相当の負担がかかるという事。
魔物ですら危惧する程なのに、器がアリアネのディオがタダで済むはずがない。
ディオがどうなろうと知ったこちゃないが、アリアネに負担を強いているのは許せるはずがない。
(早く元に戻さなければ…!)
必死にアリアネの元へ向かおうとするが、死者達に体を押さえ込まれて身動きが取れない。
「クッ!」
蹴散らすのは簡単だが、死者を守る墓守りというアリアネの立場を考えると、下手に手が出せない。
「こんな力があるのに、使わないなんて勿体ねぇな。そう思わないか?」
「ふざけるな!その身体はアリアネのものだ!」
「その身体を快く差し出したのはコイツだぜ?…あぁ、折角だ。最期にいい思いぐらいはさせてやろうか?」
そう言いながら、そっと側へ寄ってきた。
頬に手を当て不敵な笑みを見せる。「何を──」と警戒していると、唇に柔らかな感触が…
「!!」
自分がキスされている事に気づくのに、そんなに時間はかからなかった。
「ん…!やめッ──……!」
唇の隙間を抜い、舌が滑り込んでくる。
ようやく離れたかとおもえば、ツー…とお互いの舌を伝う糸を見せつけるようにして舐めとる。
頭ではディオだと解っているのに、目に映る人物はアリアネで…
妖艶で魅惑的な姿に目が離せない。
頬を染め、呆然とするガゼルを見たディオはクスッと微笑みながら豊満な胸を擦り付け、足を絡めて耳元で囁いた。
「なんなら、これ以上の事をしたっていいんだぜ?」
チラッと服を広げて胸の谷間を見せつけてくる。
「やめろ!」
ガゼルは目を瞑りながらアリアネの身体を思い切り突き飛ばた。息を整えるように肩で大きく息を吸い込み、ディオに殺気を向ける。
「これ以上、アリアネを好き勝手に使うのも侮辱するのも許さない」
「なんだよ。いい夢見せてやるって言ってんのにさぁ……まあ、いいや。それなら、終わりにしようか?」
パチンッと指を鳴らせば、森から数匹の魔獣が姿を現した。
「グルルルルル…」
唸り声を上げながら一歩一歩近付いてくる。
「骨まで喰われても再生するのかね?ちょっと試してみてよ」
愉しげに見つめるディオ。最初から楽な死に方はさせないと言う思いが嫌でも伝わってくる。
痛みや苦しみは耐えられる。だが、このまま死んでアリアネがあの男のものになるのだけは耐えられない。
(あぁ、初めてだ。死にたくないと思ったのは)
魔獣の牙が向かってくる中で、初めて死というものに恐怖が芽生えた。
『ガゼルさん』
「!?」
脳内にアリアネの声が聞こえた。
『ガゼルさん。諦めてはダメですわ』
紛れもないアリアネの声にガゼルは我を取り戻し、襲いかかってくる魔獣を避けることが出来た。