妙案
吸血鬼であるガゼルに「殺してくれ」と懇願されて数ヶ月。今日も彼は生き生きとした表情で、墓場の見回りに出かけて行く。
あの日、ガゼルは本当に朝まで付き合ってくれた。
何百年と生きてきたガゼルの話は本当に面白くて、聞いているだけで楽しかった。
あの国は大きな鳥が国を担っているんだとか、あそこの国の王子とは友達で、少しの間だけ騎士なんかやってたとか、どこまでが本当なのか分からなかったが、そんな事はどうでもよかった。
自分の人生で『楽しい』と言う感情が表に出ることはないと思っていた。こんなに笑える日が来るとは、思いもしなかった…
「あぁ、朝だ」
気付けば朝日が差し込んでいて、いつもの朝を迎えていた。
「ね、ねぇ、また、お話聞かせてもらえる?」
部屋を出て行こうとするガゼルの手を取り、恐る恐る聞いてみると「勿論」と返事が返ってきて、本当嬉しかった。
それから、お互いの部屋を行き来しては朝まで他愛のない話をすることが増えた。
(……)
ガゼルは優しいから何も言わないけど、早く契約を遂行して欲しいと思っているに違いない。
自分は毎日墓場を見回っているのに、私の方は一向にやり遂げる素振りがない。
──分かってる…分かってはいるのに…
彼に死んで欲しくないと思う自分もいる。彼の苦しみを考えれば身勝手な考えだし、それは単なる怠慢だ。一度決めたは最後までやり通すのが、私に出来る最大限の恩返し。
そっと眼帯に手を当てた。
(力を使えば…)
今まで魔力を使ったことは無い。──というか、使い方が分からない。
『俺が教えてやろうか?』
久しぶりに聞いた声に顔を上げると、ディオが微笑みながら見下ろしていた。
「…結構です」
「なぁんだよ。久しぶりに顔を出してやったのに、つれないなぁ」
クルクルと宙を舞いながら、アリアネの顔を覗き込んでくる。
「その様子だと、相変わらずのようだな」
「……」
悔しいが、言い返せない。
「あいつ言ってたぜ?やっぱりお前には重荷だったか…ってな」
「え?」
「だってそうだろ?力を使えば簡単に殺れるんだからな。力の使い方が解らないから出来ないなんて、言い訳にもならない。躊躇してんのはあんた自身の問題だ」
はっきり言われ、自分でも驚くほど落ち込んでいるのが分かった。
「あいつに見捨てられたくないんだろ?」
──あぁ、そうか…
独りには慣れていると思っていましたが、彼に…彼だけには失望されたくない。
「なぁ、いい案があるんだけど?」
顔を青ざめているアリアネに、真剣な表情で問いかけてきた。
「力の使い方ってのは、体で覚えた方が身に付くのも早いし、体が感覚を覚えてくれる」
まあ、その通りだなとは思う。
「そこでだ。俺があんたの体に入って、直に教えてやるよ」
「えっ!?」
「ああ、これは善意でやる事であって、見返りを求める様なことはしないから安心しろよ」
そうは言うが、アリアネは不安顔。
それはそうだ。一時とは言え、自分の体に違う人が入るなんて不安にならない方がおかしい。
「別に俺はいいんだぜ?──もっとも、折角の好意を無駄にする奴なんて早々いないだろうけどな」
頭の後ろで手を組みながら、悠然と構えている。
ディオの心内を見通すようにジッと睨みつけるが、ちっとも解らない。
(本当に、私を助ける為?)
いや、信用するには早すぎる。
ゴクッと息を飲み、恐る恐る口を開いた。
「な、なぜ、私にそこまで…」
「ん~…あえて言うなら、放っておけないから。かな?」
眉を下げ、照れ臭そうに頬を掻きながら言う。
「ここに来たばかりの頃のあんたは生気がなかった。淡々と自分に課せられた仕事をこなすだけの日々で、毎日がつまらなそうだった…」
「だけど、あいつと出会ってからあんたは変わった」自分の事の様に嬉しそうに話され、アリアネの胸が熱くなる。
「俺はずっと見てきたんだ。そんな二人の為に力を尽くしたいって思うだろ」
感化された訳では無いが、妙に胸にくる。
「で、でも、私の身体でへ、変な事とか…」
顔を赤らめて言うと、ディオは一瞬目を見開き、すぐに笑いだした。
「あははははっ!確かに、女の子の身体に興味はあるな」
「やっぱり!」
最初からそういうつもりで!?
「いやいや、本来はあんたの体だろ。制御ぐらい本人の意思で出来るって」
そう言われ「あ、そうか」と深く考えもせず、簡単に受け入れてしまった。
「で?どうする?結論は?」
「……や、りますわ」
答えを聞いたディオはアリアネに分からないよう、ニヤッと口角を吊り上げた。