役目
ゴーン…ゴーン…
教会の鐘が鳴り、重々しい扉が開かれた。
灰色味かかった髪を靡かせ、喪に服すように真っ黒な装いのアリアネが、ゆっくりとした足取りで現れた。何よりも印象的なのは、綺麗な顔に不釣り合いな眼帯。この眼帯は、瞳の色を隠す用にと乳母であるヘレンが作ってくれたもので、外に出る時は必ず付けるようにしている。
「──さて」
小さく息を吐く手には大きな鎌が握られている。
足を運んだ場所は、沢山の墓石の並んだ墓地。良く手入れされていると見えて、荒れた様子もなく綺麗に保たれている。──とはいえ、場所が場所なだけに不気味な雰囲気はどうしようもない。
「今日も獲物が釣れたようですわね」
アリアネが見上げる先には、ツルが足に絡まり木に吊るされた状態で気を失っている墓荒らしの姿。
墓守りを常駐させることで、近年は墓を荒らす者も少なくなっていたが、アリアネが墓守りを担うようになってからは、再び増加傾向になっている。
相手は貴族の令嬢だと舐められた結果だろう。
「もし、起きてくださいませ。もし」
体を揺すり、宙ずりの男を起こすと「ひっ!」と悲鳴を上げた。
「し、死神!」
目を覚ました瞬間、目に飛び込んできたのが鎌を手にした眼帯の女なんて、死神だと言われても仕方ない。
折角だから、その勘違いを再現してあげよう。
「ここは死者を祀り、安寧に眠る場…生者が何用だ?…あぁ、この私に魂を捧げにやって来てくれたのか」
ニヤッと含みのある笑みを見せてやると、面白いほどに震え始めた。
「大丈夫…恐怖なんてのは一瞬。すぐに逝かしてあげしょう」
「まっ──!!」
鎌を振り上げ、思い切り振りかざした。
ザシュッ…
ツルを切る音とドスンッ!と言う大きなものが落ちた音。
アリアネの足元では、顔面蒼白で完全に伸びた男が転がっていた。当然、無傷。
「人を死神呼ばわりした報いですよ」
ふんっと鼻を鳴らしながら男の襟首を掴み、墓地の外へと引き摺り出した。
「よし」
パンパンッと手を叩き、男の胸元に『私は墓地を荒らそうとしました。ごめんなさい』的な事を書いた看板を添えて地面へ転がしておいた。こうしておけば、巡回している衛兵の目に留まり、然る場所へ連れていってくれる。
今日も役目を終えた…そんな気持ちを抱えながら顔を上げれば、静粛の闇が包み込む。慣れてきたとはいえ、この雰囲気は苦手だ。
(戻りましょう)
踵を返し教会へ戻ろうと足を進めたが、微かに人の気配を感じ足を止めた。
周囲を見渡すが、そこには人影はなく墓石だけが静かに並んでいる。
(…おかしいですわね)
別に変わった様子もなく、勘違いか?と思ったが、どういう訳か胸がザワついてしょうがない。
アリアネは自分の直感を信じ、教会へ戻るのを止め、もう一度墓地の中を見回ることにした。
「ん?」
墓地の奥、森の入口に気配を感じた。墓地の外ならば、アリアネの管轄外。これ以上、探る必要はないが、胸騒ぎは酷くなる一方。
(仕方ありませんわね…)
何が待ち受けているのかは分からないが、このままでは安眠出来やしないと腹を括り、そっと森へと足を踏み入れた。
その瞬間、ゾッと全身の毛が逆立つような感覚に襲われた。
(これは、ただ事じゃありませんわね)
苦笑いを浮かべるアリアネの額には汗が滲んでいる。自然と鎌を握る手にも力が入る。
ゆっくりと慎重に…気配のする方へ…
(…いた)
大きな木の根元に人の影を捉えた。
一人は仰向けの状態で倒れているようだが、足に動きは無い。もう一人がその上に馬乗りになり、何かをしているようだった。
(?……何をして──ッ!?)
振り返った男の顔を見て、ヒュッと息を飲んだ。
口元は真っ赤な血に濡れ、口端からは獣の様に鋭い牙が光っていた。それよりも驚いたのは、男の瞳の色。アリアネと同じ、赤い瞳をしていた。
ゾッとする光景だが、月の光に照らされた男の姿は、不覚にも「綺麗」そう思ってしまった。
男はアリアネの姿を見ると口元を拭い、逃げるようにして去って行く。
「待って!」
慌てて引き止めたが、既に姿は見えなかった。倒れているもう一人の男の元へ寄ったが、すぐに顔を引き攣らせた。
顔には血の気はなく、瞳孔も開いたまま。手足も硬直している。一目見ただけで、息がないのが分かった。
「…致命傷…というよりは、捕食痕ですわね…」
首に付けられた噛み傷にそっと触れながら呟いた。