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バレンタイン

作者: ぱんじゃん

 見た目だけはやけに立派な、1時間に1本電車が来るかどうかの駅の改札にICカードの定期券を叩きつける。つい先程まで車内の暖房で温められていた指先は、冷え切った風を受け色を失ってしまった。溶けた雪が夜の間に固まって出来た凍りついた地面を、頼りないゴム底のスニーカーで踏み締めながら私は駅前通りを歩き、通い慣れた高校へ向かうのであった。

 今日は2月14日、バレンタインデーである。冷え切った廊下と対照的に熱気で満たされた教室では、数人の女子が小さな紙袋を交換している。落ち着きのない様子の友人を一瞥し、窓際にある席の横に鞄をかけた私は、厚い上着を脱ぐ。教科書とノートを取り出し机の中に仕舞おうとした私の耳に、何か箱のようなものが金属と触れ合う音が入る。まさかそんなことは無いだろう。手を冷たい金属板の囲いに入れた私の手は、真っ赤な箱と白い封筒を掴んでいた。

 放課後、私は校舎の端にある図書室に向かう。大量の文庫本が並んだ本棚に囲まれた部屋の隅に立っていた彼女は、窓の外の雪に視線を向けていた。雪明かりに照らされた彼女の白い肌は、私を見るなり寒椿のような濃い紅色に染まる。何を話せば良いか分からず固まっている私と彼女の間に漂う、本のインクの匂いと混ざった微かな彼女の香りが徐々に強くなり、彼女は冷たく細い蝋燭の様な、絆創膏が巻かれた指を私の肩に乗せた。

 私が朝に教室に入ると、彼女はいつも本を読んでいた。物静かな彼女はクラスの中でもそこまで目立つ存在では無い。私の中の彼女の印象といえば、駅前通りの寂れた古本屋でよく会う、読んでる本が私の趣味と近い、教室に入った時にページをめくる手を止めて挨拶をしてくる、ということくらいだ。

 そんなつい先程まで他人と友人の中間にいたような彼女の指は、私の肩を掴んでいる。私が抵抗しないと見るや否や、彼女は細く冷え切った体を寄せ、肩に置いていた両手を背中に回した。彼女の僅かな胸の膨らみが鳩尾の下に押し付けられる。私は彼女の薄い体を抱きしめながら、机の中に入っていた赤い箱について問う。彼女は私の肩に額を乗せながら声を発した。

好きです、付き合ってください。

本棚に置かれた小説たちの中にも何回も登場するありきたりな台詞だが、彼女の口から漏れた言葉はそれらとは全く別のものだった。

 密着した体が心地よい熱を帯び始めた頃、最終下校を知らせるチャイムが鳴った。私と彼女は名残惜しそうに腕を解き、床に置いていた鞄を手に取る。手を繋ぎながら冷え切った廊下を通り、校門をくぐり抜けた。

 雪が散らつく駅前通りを歩いて駅に向かい、逆方向の電車に乗る彼女を見送った後、私はベンチに腰掛けて火照る体を冷ましていた。赤い箱を鞄から取り出し、中に入ったハート型のチョコを口に含む。甘いチョコを咀嚼して飲み込んだ後の口の中には、僅かな鉄の味が残っていた。

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