9 装甲列車
爆音とともに倉庫街にサイレンが響き、列車の電気が消えると懐中電灯を持った兵士が食堂車に入ってくる。
「敵襲! 装甲列車です!」
「装甲列車は我が軍の物か」
「ベルカの国籍表示があります」
「人類統合機構か。こっちも装甲列車を出せ」
「準備中です! 反撃しますか?」
「俺達が戦車を出すまでは撃つな」
「了解」
「敵の狙いは研究所だろうか」
歩き出すロイスの後ろのレーネが問う。
「その可能性が高いが。理由はわからん」
食堂車の外に出ると、殆ど真っ暗だった。雲が出ているらしい。
砲声が時折響き渡り、加えて大量のエンジン音が聞こえる。
「ロイス、これって」
「戦車だな。たぶん敵だ」
平貨車へ移動したロイス達は戦車へ乗り込み、エンジンを始動する。その間に周囲の兵士達が車止めとワイヤーを外していく。
そしてレーネとカノンが戦車をプラットホームに移動させた時、隣の装甲列車が大量の蒸気を吹き始めた。
「装甲列車対決か」
ウィルがそう言った瞬間、近くで金属が割ける音が響く。
「先制されたようだな」
「ロイス、進路は?」
「倉庫街に向かえ。応戦する」
「わかった」
「あの、ギターはどこに置けばいいんでしょうか」
フィロの質問で、ロイスは存在を思い出す。
「お前何乗り込んで……いや、これでいいのか。ギター抱えて車内に引っ込んでろ!」
「はい!」
「車長席に座ったのか。無線機はどうした」
「私が着けさせたわ」
「よし。フィロは俺の指示に従え」
出発した装甲列車の後ろに続くようにして二両の戦車は貨物駅を出る。
装甲列車は砲撃を開始していた。機関砲の連続した重低音も聞こえる。
「撃ち始めたな。暗くて当たってんのかわかんねぇけど」
「味方に期待するな。要は同士討ちだからな」
「ふはは。相手は裏切り者だぞ」
「大半は事情を知らん。基本的に後退するしかない」
「それだと研究所が見殺しになるな」
「鹵獲兵器の使用。同士討ち。これは貴族が没落するレベルの重罪なんだよ」
「ふはは。ベルカンは大変だな」
「だから事情を知ってる俺達が何とかするしかない」
戦車は倉庫街を抜け、装甲列車から漏れる光を視認できる位置で停車する。
「暗視装置は使えるが、視野が狭いな」
「発砲炎に向けて撃ちますか?」
「ああ。着弾修正はこっちでやる。徹甲弾装填」
「本当に戦うんですか!? 敵の戦車十両くらいいます!」
「……セシル! 敵の位置をフィロから聞き出せ!」
「フィロちゃん、一番近い戦車の位置を教えて!」
「死んじゃいますよ!」
「毎日パンを好きなだけ食わせてやる!」
「こっちのが一番近いです!」
「エリーゼが先に撃て!」
フィロが銀製ナイフで指した方向へ、エリーゼが発砲する。
ロイスはそれを暗視装置で覗くが、当たった様子は無い。
数秒後、ロイスの近くに砲弾が着弾する。すかさずミラが引き金を引き、余闇に爆炎が生じた。
「命中です」
「よくやった。十字勲章ものだ!」
「敵とのおおよその距離はわかりませんか?」
「目盛が付いてない!」
「暗視装置の実用距離は六〇〇メートルだ」
「じゃあそれよりは近い!」
「了解。上下修正は不要ですね」
「な、何か撃たれてますよね! 怖いんですけど!」
「目から上だけ出しとけ! 動いてれば当たらん!」
レーネとカノンは不規則に戦車を動かして位置を変える。そしてミラとエリーゼが肩を蹴ると停車し、戦車砲が放たれる。
フィロは次に狙うべき目標をセシルに伝え、ミラやエリーゼは同軸機銃の曳光弾でおおよその位置を探ってから発射する。
指揮をセシルとフィロに委ねる形となったロイスは、暗視装置で撃破した戦車を観察する。
詳細まではわからないが、国産戦車ではない。角ばった正面装甲と丸っこい砲塔。そしてプテルスタン領に配備されている点から、I13歩兵戦車『シャルゴーニュ』だろう。
コニファール共和国の降伏によって大量に鹵獲し、エルフェニア陸軍が大戦を通じて使い続け、最近プテル軍団の戦車部隊に供与された戦車だ。
当初の仕様では榴弾を撃てないという極めて大きな欠点があり、エルフェニア軍は自国の四七ミリ砲に換装して運用していると聞いた。
四七ミリ戦車砲でフェンジアの装甲は貫けない。
対してこちらの戦車砲はあらゆる敵戦車を正面からスクラップにできる。
「ギリギリまで引き付けて構わん。敵の足は遅いぞ」
「ふはは。ようやくぼんやり見えるようになったぞ」
エリーゼの声に続いて金属が弾ける音が聞こえる。
「きゃああああ」
「非貫通。人的被害なし」
フィロの悲鳴とセシルの報告が続く。
被弾して驚いたらしい。
「あいつ! あいつやってください!」
「ふはは、任せろ」
「二時方向、旋回してるやつがいる。逃がすなよ」
「了解」
返事の通り、ミラが確実に葬っていく。
「敵が後退を始めた。五〇〇メートル前進」
ロイスの言葉の後、近くで大きな着弾音が響く。
「ロイス。違う戦車混じってんのか?」
「いや、装甲列車からだな」
「発砲炎は見える。横に長いから撃てば当たるか」
「戦車を優先しろ。装甲列車の主砲は一〇・五センチ榴弾砲だ。貫通はせん」
「当たっても平気なんですか?」
「死ぬことはない」
「ひぇぇぇぇ」
後退していく敵戦車の間から一両の小型車両が抜け出してくる。
「……うん、キューベルか? フィロ! 小さい車両の乗員を見ろ!」
「はいぃ。ただでギター貰えるなんておかしいと思ってたんですよ……」
フィロが銀製ナイフを向けながら二時方向を見る。
その報告を聞く前に、ロイスの左側を火炎が通過する。同時に強烈な衝撃波が肩から上を襲った。
「あっつ、痛ぇぇぇぇ!」
「大丈夫か!」
悲鳴を上げて思わず引っ込んだロイスに向けてレーネが問う。
「攻撃中止! 全員戦車に入れ! 一ブロック後退!」
「敵の魔法使い!」
「裏切ったメアリック・シューマンとかいうやつだ! 炎属性の!」
「もう一人いなかった!?」
「フォルカー・ヘリングだな、雷属性の。一緒にいる可能性が高い」
「ロイスは大丈夫なのか!?」
「火傷と裂傷。髪も焦げたな」
「これその臭いか」
「敵の魔法使いは二人ですか!? じゃー皆さんで何とかできますよね!」
「聖剣がいるかによる。いなければ勝てる」
炎属性と雷属性の魔法使いの実力は不明だが、能力が突出して高いという記録は無い。魔導武器は互角。七人いるこちらが有利だ。
問題は聖剣の二つ名を持つ水属性魔法使い、コレスト・ローゼルがこの場にいるかどうかであり、いるなら逃走したい。
先日の装甲陸上艦への攻撃を完全に防ぎ切った事からも明らかだが、裏切る前の報告書にもコレスト・ローゼルに通常兵器は無効とはっきり書いてある。
おそらく常に水のヴェールを纏っているのだ。故に流れ弾や榴弾の破片が当たることは無い。
ただの人間であることは間違いないので物量で押し包めば討ち取れるかもしれないが、少なくともセルロン軍はそれができなかった。
戦うにしても周到に準備をしたうえで挑むべき相手だ。
「ふはは。いるとわかった瞬間ここら一帯が消し飛ぶ可能性もあるわけか」
「ここは遮蔽物が多い。しばらく水が飛んでこなければいないということだ」
ここで倉庫を突き破って火柱が現れ、レーネが小さく悲鳴を上げる。
「レーネ、どうした!」
「ペリスコープが割れた。衝撃波だ!」
「直線後退を続けろ! ただの炎じゃねぇな」
――デュアルスキル『圧力波形変換(Blaze Roar)』
メアリックは炎による膨張で生じた空気振動の波形を揃え、超音速の衝撃波を作り出す事ができる。
火炎が衝撃波を伴うのみならず、振動エネルギーによってフロギストンの酸化反応が自己維持されるため、射程も向上している。
「こっちの位置バレてるのかな」
「音でしょうね」
「戦車ってみんなこんな煩いんですか?」
「停車! 徹甲弾装填。適当に発砲しろ!」
ロイスの指示に、ウィルとセシルが砲弾を装填し、ミラとエリーゼが発砲する。
「全速後退!」
戦車のいた場所を、衝撃波と共に火柱が通過する。
「凄ぇ音だな」
「ウィル、ミラ、エリーゼ、フィロ、席を交替しろ」
「戦車砲は無しか」
「敵はこちらが魔法使いと知らんのだ。今この場所で仕留める」
「え、この席って出る場所無いんですか?」
「ミラ、エリーゼ、セシルは魔導剣を準備しろ」
「ふはは、実戦で使うのは初めてだな」
「車体旋回。レーネ、カノン。ここからは直接視界で頼む」
「わかった」
ロイスはキューポラから上半身と魔導剣を出して指示する。
「ミラ、八時から一二時方向に魔法。距離五百。退路を断て!」
その言葉通り、戦車の上方に五つの燃素の結晶が出現。放物線を描いて飛翔していった。
Tips:I13-743(c)mit 47mm mod.41
車体装甲厚(前/側/後):60/60/60
砲塔装甲厚(前/側/後):60/60/65
戦闘重量:17トン
乗員:4人
エンジン:4ストローク直列6気筒液冷ディーゼル130hp(1800rpm)
最高速度:24km/h
戦車砲:47mm mod.41(48口径)
副武装:7.92mm機関銃×1
元になった車両は大戦初期におけるコニファール軍の主力戦車、I13歩兵戦車『シャルゴーニュ』。
コニファールの降伏によって胎生枢軸はコニファールの戦車を大量に鹵獲した。
鹵獲兵器の使用を忌避するベルカ軍は興味を示さなかった一方でエルフェニア軍は装甲戦力の強化に繋がると注目していた。
中でもシャルゴーニュは優れた生産性と高い信頼性に加えハサドーネを上回る防御力を持ち、燃料もハサドーネと同じ軽油で、小型軽量な点は海上輸送に適すると高い評価を受けた。
何よりコニファールの戦車生産ラインの半分がシャルゴーニュであったため、エルフェニア軍はコニファールの戦車メーカーにはそのままシャルゴーニュを生産させることに決めた。
ただしシャルゴーニュの設計思想はエルフェニア軍の運用方針と大きく異なっており、
そのまま実戦投入することは難しいのも事実だった。
足が遅いのは移動ルートの選択で補えるとしても、榴弾が撃てない戦車砲はエルフにとって理解不能であり、わざわざエルフェニアから国産戦車砲を輸送して出荷前に取り付けていた。
また戦車砲を火炎放射器に換装した型式や、戦車砲をダミーに変えた指揮車両型、砲塔を撤去して牽引車として使われた車両など、様々な用途に活躍している。
大戦後期、大規模動員が進むプテルスタンにエルフェニアから多くの本車が譲渡された。
ベルカ軍にとって本車の採用は消極的な理由だったが、工業とインフラが未発達で戦車運用の経験が無いプテルスタン軍にとって本車は適当という評価もある。




