6 パンとジュース
「ふう。満足です」
「よく食べたな」
「お腹一杯パンを食べられる機会なんて滅多に無いので」
「あるとつい食べちゃうよね」
同じくパンを食べていたカノンが同意する。
「いくつか質問をするから答えて欲しい」
「いいでしょう」
「俺達について何か知らされているか?」
「何も」
「……じゃあまず、お前は災菌弾頭が撃ち込まれたベトリア市の生き残りだな?」
「うーん。他の人達も死んではいませんでした。様子がおかしくなっただけで」
「様子がおかしい?」
「初めは皆熱を出して倒れていったんですが、しばらくして復活したみたいです。私以外」
「お前以外は熱が下がったというわけか」
「はい。動けない私は放置されてました」
「その後お前も熱が下がり、魔法が使えるようになったと」
「確かに光が操れるようになりましたが、これ魔法なんですか?」
「それは後で説明する。今はお前が軍の食料を盗もうとした理由だ」
「一晩経って私も熱が下がったんですが、なんと街中を繊維人がうろついてるんですよ! しかも私の働いてた酒場でバイトしてました」
「はぁ!? そいつら、もしかして捕虜だったセルロンか?」
「はい。捕虜収容所を解放したそうです。私言ったんですよ。敵と一緒に生活するのはおかしいって。そしたら統合主義に反対するのかと言われ、クビになりました」
「聖別者の能力は洗脳か?」
「聖別者ってなんですか?」
「今はお前の話だ」
「ジュース下さい」
「何の」
「リンゴとモルト」
「私も!」
ロイスは呼び鈴を鳴らしてウェイターに注文する。
このホテルのコーヒーは代用しかなく味気ないのだが、一応ロイスも頼んでおく。
「で、店をクビになったから食糧を盗もうとしたのか?」
「はい。母のいるクラハニルに帰ろうと思ったのですが、お腹が空いて、セルロンがいない場所を探して盗みに入ったら捕まりました」
「そりゃな」
「私はお願いしたんですよ!? パン一個で良いって。でも捕まえようとするので、目くらましして逃げました」
「光魔法でか」
「使える気がしたんですよ。そしたら包丁の先から出ました」
「包丁持って軍の倉庫に忍び込んだのか。そりゃ捕まるわ」
「私だって武器として持ってたんじゃないです! パンや肉を切るために持ってたんです」
「ひたすら謝れば放り出されるだけで済んだかもな」
「ベルカンがそんなに優しいとも思いませんけど。結局たくさんの銃突きつけられて床に伏せろって言われました。女の子にすることじゃないですよね?」
「包丁持ったコソ泥に対してならおかしくはない。コンテナに入れられたのは不満だろうが」
「その後食事をくれたんですよ。その時のナイフで光を出して逃げたんですが、途中で熱が出てきて捕まりました」
「それで手錠か」
「その後隙を見てもう一度逃げたんですけどね。そしたらコンテナに入れられました」
「……何で大人しくしない?」
「刑務所に入れられると思ったんですよ。何も悪いことしてないのに」
「パンを盗もうとしただろ。まぁそれだけで懲役は無いだろうけどな」
「ベルカンは信用できませんから」
ロイスは一旦会話を止め、代用コーヒーを口に入れる。
「なんでこいつが俺達の所に送られてきたのかわからないな」
「疲れ切った上層部がとりあえず私達のところに送った可能性はある」
「厄介事を皇帝に押し付けるとか粛清対象だろ」
「そこまで面倒でもあるまい。本人が望むなら母のいるというクラバニルに送ってやればいい」
「確かに、な。お前、年は?」
「一五です」
見た目通りというところか。ただの一般人に違いない。
年齢的にはミラと同い年だが、ミラは超一流のメイドであり砲手だ。
エリーゼも戦闘に躊躇いが無いし、アンモラルな点も戦闘向き。
カノンも軍用車の操縦はやけに上手いし、意外と胆力がある。
セシルに至っては元少尉で従軍経験もある。
それに比べてこの少女は一体なんの役に立つのだろう。
「とりあえず、お前を母親のいる街に送り届ける事は可能だ」
「本当ですか!? だからここに連れてこられたんでしょうか」
「実はここにいるのは全員がお前と同じ魔法使いだ」
「そうなんですか!? 奇遇ですね」
「それは、お前の街に災菌弾を撃ち込んだ悪い奴と戦うのに有利だからだ。災菌で死なないからな」
「そうなると私ももう災菌じゃ死なないわけですね」
「そうだ。災菌を吸い込むと熱は出るがな」
「じゃあベトリア市の人ももう災菌じゃ死なないんですか?」
「それを調査するのも、災菌に耐性がある俺達の出番ってわけだ」
「あれ、じゃあもしかして私にそれを手伝えと?」
「上層部がそう考えている可能性はある。俺達はこれで全員だから、人が増えるのは嬉しい」
「ふーん。そうなんですか。ま、毎日食事をたくさんくれるなら、仲間になってあげてもいいです」
フィロミスカは得意げに言う。
「敵はその統合主義とやらを広めるために、時に武器で攻撃してくる。セルロンが襲って来るかもしれん」
「ええ、それは怖いです。守って貰えるんですよね」
「いやお前が戦うんだよ。目くらましくらいならできるんだろ?」
「でもでも、相手は銃を持ってますよね」
「まぁ俺達は戦車の中にいるし、お前の光魔法は銃弾が届かない距離でも届くだろ」
「そうですかぁ? そこまでは届かない気がします」
「なら、銀製ナイフで試してみるか。ここを出るぞ」
「出発だな」
ロイスの言葉に、皆席を立ちホテルから出る。
そして銀製ナイフを取り出すとフィロミスカに渡した。
「純銀製ナイフだ。これを使って斜め上に魔法を撃て」
「やってみます」
銀ナイフを受け取ったフィロミスカは斜め上にナイフの先を向け光魔法を発動した。
黄色い可視光が天に向かって伸びていく。
「まぁ、一キロくらい届いてるんじゃないか?」
「包丁から銀製ナイフにするだけでこんなに変わるんですね!」
「俺達が持ってる魔導剣を使えば更に威力は上がる」
「そうなんですか? なら私もそれ欲しいですぅ」
「予備が無い。目くらましなら銀製で十分だろ」
「私だけ無いのは不公平です」
「とりあえずプテルスタンに向かうが、お前を仲間にすると決めたわけじゃないからな」
「お母さんは私の仕送りで何とか暮らしてるんです。クラハニルに仕事があるかどうか」
「……まぁ、とりあえず列車に乗るぞ。途中まで行先は同じだからな」
予定時刻は過ぎてしまったが、ロイス達は列車に乗り込みトロニクへ向かった。
「はぁー。仲間になるか迷いますねぇ」
列車の中でフィロミスカが呟く。
「銃を撃てとは言わんが、敵が来たから逃げ出すとかだと困る」
「皆さんは平気なんですか?」
「俺達は軍人だぞ。戦車だって扱う」
厳密には軍属で無い者が混じっているが、ややこしいので割愛する。
「そうですよね。でも実は私も銃撃ったことあるんですよ」
「そうなのか?」
「父が猟師でした。まぁ才能無いって言われましたけど」
「女の子には難しいよね。フィロミスカちゃんは何の仕事してたの?」
「歌手です。あとフィロと呼んでください」
「え、歌手だったの?」
「はい。地元じゃ有名なアイドルでした」
「ふーん」
ロイスは半信半疑な相槌を打つ。
プテルの美的感覚は知らないが、背が高いわけでも品があるわけでもない。
「信じてないようですが、酒場でライブ開いたり、ラジオ放送に出たこともありますよ!」
「あら、結構有名人なのかしら」
「少なくとも街中では。はぁー、ベトリアの皆元に戻らないですかねぇ。大きくていい街だったんですが」
「聖別者は生け捕り予定だ。元に戻せるかは聖別者に訊いてみる」
「共通語が喋れるのは歌手であることと関係あるのか?」
「勿論です。ベルカンはプテルを認めないでしょうが、ライブを開く場所はエルフェニアでもランドワーフでも良いんです」
「ふはは。余はオペラをしばしば見に行くが、そのライブとやらは何だ? ミュージカルの事か?」
「いいえ。公園や駅前、もしくは酒場で歌うんです。私はギターも弾けますよ」
「大道芸と言うわけか」
「うーん、間違っては無いと思います」
「一人でやるのか?」
「いいえ。ヴァイオリンやドラムをやる人もいます。酒場ならピアノもありますし」
「クラシックに詞を付けてるのか」
「そんな古めかしいものとは違います」
「じゃあジャズか?」
「私達はポップスと呼んでます。メロディーにも歌にも制限は無いんですよ」
「なんだそりゃ。伝統も格式も無いじゃねぇか」
「ベルカンは頭が固いんですよ。そもそもサロンより広場や道路で演奏した方がたくさんの人に聞いてもらえます」
「専門教育も受けずまともな音楽になるのか?」
「なりますとも。人気あったんですよ私は! ギター置いてきちゃいましたけど!」
「そうか。ま、ベトリア市に行ったら回収してやるよ。できたらな」
「それはありがたいです」
「ふはは。同行させるのか」
「プテルから話を聞くときに役立つかもしれん。クラハニルまで行く途中でベトリアを通過する」
「戦わなくて良いんですよね?」
「ああ。危ないと思ったらそこら辺に隠れてろ」
「ふふふ。道案内くらいならしてあげましょう」
「フィロちゃんよろしくね」
話した限り戦闘への適正は無さそうだ。まぁそれが普通でもある。
クラハニルまで連れてって案内料として適当な額を支払えばいいだろう。
口座が無かったら頭金と連絡先を渡せばいい。
列車に揺られること数時間。古城都市トロニクが見えてくる。
そこからは幾筋の煙が上がっており、同時に爆発音も響いていた。




