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パンツァーヘクセ ~魔法使いが戦車で旅する末期感ファンタジー~  作者: 御佐機帝都
一章 金色の断末魔(Battle of Colony)」
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9 東へ

 戦車の側に戻ると、ウィルが話しかけてくる。


「何がどうなったんだ?」

「あの列車砲で死神を倒す」

「本気かよ!?」

「ああ。陛下の提案だが、俺もいけると思う」


 ロイスは作戦の概要を話した。


「凄い爆弾の熱が空間魔法の穴から入り込んで死神を焼き殺す、ね」

「ELBなら換気口の位置は関係ない。それが頭上でも足元でも」

「まぁオイラには空間が歪んでること自体よくわからないんだが」

「実は俺もよくわかってない」

「そうなのかよ」

「学者がそう表現してたんだ。実際に重力レンズという現象があるらしい」

「そういうの本読んだら書いてあるのか?」

「見たことは無いな。論文とかじゃないか」

「皇女さんは理解してんの?」

「陛下は理解してると思う」

「頭いいって話は本当なんだな」

「そうだ。俺は空間がどうとかそこまでわかってるわけじゃないが、死神に関する報告書には、銃砲弾は止まるわけでも弾かれるわけでもなく、死神をすり抜けていくとある。昨日の俺の魔法もそんな動きだった。見えない壁があるのでなければ熱は通じるんじゃないかということだ」

「そういう事なら地雷踏んでも死ぬんじゃねぇの?」

「そうかもな。誘き出す場所に大量の爆薬を埋めておくとか。ただ手間を考えるとあの列車砲で撃つ方が早い」

「あの列車砲って世界最強なんだろ?」

「間違いない。他の国は作ろうともしないだろ」

「だったらいいんじゃねぇの。最強には最強をぶつけるって事で」


 ウィルはチーズを乗せたビスケットを食べきり、お湯で溶かした脱脂粉乳を飲む。


「そこでお前に頼みがあるんだ」

「頼み? 死神倒すの手伝えってことか?」

「そうだ。とりあえずベンゲルフが死神を誘き出すのに本当に適切な場所か視察する。そこまでは一緒に来て欲しいんだ」

「列車砲を呪林に撃ち込んで死神が出てきたところをELBで仕留めるんじゃ駄目なのか?」

「それだと死神が列車砲の方に現れる可能性がある。列車砲の発射は一発に限る」

「ベンゲルフに死神を誘き出してELBを撃ち込む。それで死神が死ななかったら?」

「俺達が止めを刺す。その点でもベンゲルフの視察が必要だし、呪林の側で戦うのは論外だ。伝激染に巻き込まれる」

「戦って勝てる相手かよ」

「ELBで重傷を負った死神なら勝算はある、はずだ」

「おっかねえなぁ」

「ベンゲルフの視察まではウィルに来て欲しい。やはり装填手は必要だ」

「ああ、いいぜ」

「随分とあっさりだな!」

「とりあえずベンゲルフまでだろ?」

「ああ。途中で蟲や菌樹を見かけても無視する」

「それなら迷うこともないだろ。死神のことはその時になったら考えさせてもらうぜ」

「ありがとう。よろしく頼むぜ」

「あいよ」


 ウィルの気のよさにロイスは安堵した。


 対戦車猟兵は、山岳猟兵や海軍の降下猟兵と並んで困難に立ち向かう精神力が求められる部隊だ。


 それ故に精鋭を意味する猟兵の名を冠している。


 その生き残りであるウィルが戦闘に高い適性を有していることは共に行動していてすぐにわかった。


 一緒にいてくれると心強い。


 死神と戦うかどうかは戦闘能力よりもそこまでする理由が本人にあるかどうかの方が重要だと思うので保留にしてもらって構わない。


 ロイスとウィルは他の兵士達に混ざってタンクに貯まった雨水で身体を拭き、戦車の隣にテントを張って寝袋に入って就寝した。




 翌朝。日の出とともに起床したロイスは朝食をとって約束の時間に装甲列車の御料車へ向かう。


 レーネとミラも既に食事を終えており、揃って貨物車に向かった。


「早朝より拝謁の許しを頂き光栄に存じます。陛下」

「命令書を持ってきた。まずは目を通してくれ」


 フレンツェル少将が命令書を読んでいる間、ミラが運んできたコーヒーをテーブルに置く。


 ロイスも命令書の内容に目は通した。


 東部戦線で劣勢が続く原因の一つは死神と呼ばれる神出鬼没の存在にある。直接的被害のみならず友軍の士気にも悪影響を及ぼしているため早期に排除すべき対象である。しかし空間を操って身を守る死神に対し、通常兵器による攻撃は無意味であることがわかっている。


 そこで八〇センチ列車砲の四・八トン燃料気化爆弾の死神への使用を命ずる。本兵器の特徴である高温高圧や液体燃料の毒性によって目標に致命傷または重傷を負わせることが期待できる。


 威力を最大化するため死神をベンゲルフに誘き出す。偵察小隊は特別防護大隊を吸収しベンゲルフに先行。測距および友軍ある場合は避難誘導を行う。偵察部隊の実働指揮は皇帝ないしその従者が実施する。


 フレンツェル少将はエルビングのユリーゲ中将と連絡を取り、状況を確認後、回転翼機によって本書の写しと飛行艦への命令書を送付する。飛行艦は呪林を砲撃し、蟲の暴走を誘発したうえでベンゲルフ方面へ誘導を行う。


 ベンゲルフに到着した蟲の群れに対して飛行艦は艦砲および乗員の持つ全火力を以て攻撃を行い、上空へ離脱する。偵察部隊は状況に応じて支援しつつ、撤退の準備を行う。


 死神が出現した場合は指定した座標に燃料気化爆弾を発射する。発射を以て任務を終了とし、全ての将兵は撤収する。作戦中に得られた情報は偵察部隊と重砲連隊で相互に報告を行う。作戦の変更と中止の判断は皇帝が行い、途上で行なわれる全ての指揮命令は皇帝に対してのみ責任を負う。


 皇帝命令第一四号。


 命令書の末尾にはレーネのサインと皇帝印が押されている。


「勅命を速やかに遂行致します」

「貴隊の活躍に期待する」

「畏れながら、陛下の聖旨に質問奉ることお許し頂けるでしょうか」

「許可する」

「陛下におかれては、移動用の列車が到着するまで御料車に滞在頂くのが最も安全と存じます。また、従者を偵察部隊に編入せずとも、状況は逐次把握できます」

「貴方の疑問は尤もだ。命令書には記していないが、ELBが死神に重傷を与えたものの活動停止に至らない場合、私達の魔法で止めを刺す。そのために私達はベンゲルフに待機する必要がある」

「魔法とはどのようなものでしょうか」

「今から見せる。以降、防護大隊を吸収した偵察部隊を偵察中隊と呼称する。偵察中隊を装甲列車の前に並べよ」

「御意」


 先に装甲列車から降りたロイスは戦車へ向かい、戦車を運転して戻ってきた。


 まずウィルが装甲列車の前に整列した偵察中隊の前で土属性魔法を発動し台座を生成する。


 この時点で兵達から驚きの声が聞こえてきたが、皇帝の御前とあって騒ぎ出すほどではない。


 ロイスが土の台座に硬芯徹甲弾を置くと、レーネが銀製ナイフの切っ先を向ける。


 そして龍属性魔法が発動すると赤黒い金属粒子が振り下ろされ、砲弾と土塊が消失し、地面にクレーターが出現した。


 それを見て再びざわめく偵察中隊に対し、レーネは戦車の後部へ登ると凛とした声で告げる。


「私は死神と遭遇し災菌感染したが、精霊の加護により守られた。そして我が家紋と同じ龍の力を身に宿し、災菌への抗体を得た! これは魔法と呼ぶべき神羅万象の恩寵である。故に私は古の皇帝と同じく騎士団を結成し、その先頭に立つと決意した! 我が帝国の科学技術の結晶たるこの列車砲と我らが魔法は死神すら粉砕する。諸君らは私と共に帝国兵の責務を果たせ!」


 レーネが言い終わるとウィルが対戦車銃に結び付けた皇帝旗を上げる。


 それを合図に兵士達は一斉に敬礼した。


 居並ぶ兵士達の誰も皇帝の顔は知らないはずだが、自分達の指揮官であるフレンツェル少将が皇帝と明言し、目の前で起きた魔法としか呼べない現象によって、自分達が死神討伐の尖兵となる自覚は生まれたことだろう。


 偶然ではあろうがレーネの魔法が剛龍鉱ドラジウムという重金属元素を扱う属性であったことも皇帝らしさ、威厳を高めている。


 演説を終えたレーネは車内へ引っ込み、ロイスの元へ一人の士官がやってくる。


「俺が偵察中隊隊長のシャルホーフ大尉だ。皇帝の騎士団の一員となれて光栄に思う」

「初めまして。エンデマルク少尉です。私のことは伝令士官とお考え下さい」

「了解した。しかし若いな。もしや新任か?」

「はい。今月に近衛師団に原隊配属となりました。近衛師団はもうありませんが」

「死神に、か。では君も皇帝陛下と同じような魔法が使えるのか」

「はい。災菌への抗体もあります」

「そうか。ともかく君は陛下のご安全を最優先に考えてくれ。陛下自ら運転なさるとは思わなかった」

「お好きなようです。車長の私が周辺を警戒します」

「列車砲連隊出身者は第一小隊、防護大隊出身者を第二小隊として編成した。第一小隊で警戒を厳とするから、君は戦車の擱座に注意しろ」

「了解」

「私は後方の無線車にいる。陛下からの伝令でなくとも用があれば声をかけてくれ」

「承知しました」

「それでは移動を開始する」


 偵察中隊は偵察車を先頭に半装軌式兵員輸送車が続き、中央にロイス達の戦車、その後ろにも半装軌式兵員輸送車が並ぶ。


 おおよそ第一小隊を前方、第二小隊を後方に配置しているようだ。


「皇女さんの魔法は強そうだな。龍の力ってのはどういう意味なんだ?」

「私の魔法はドラジウムを扱うから、龍属性と呼ぶことにした」

「ドラジウムって聞いたことないな」

「自然界には殆ど存在しないからな。だから魔力で周囲の金属元素を合成してドラジウムを生成している」

「自分で作るって凄えな」

「その代わり不安定だから数秒で崩壊する。射程は短いぞ」

「ふぅん。じゃあロイスの魔法は? あの黒いやつ」

「俺にもわからんのだ」


 ウィルの問いにロイスが答える。


「そんなことあんのかよ」

「逆に言えば今の原子表に載ってない物質であることはわかる」

「未知の物質ってのも凄えな」

「魔法自体よくわからないからな」

「まぁな」


 昼食後から小休止を挟みつつ走って五時間ほど。


 茜色の夕焼けが色づいた木々を照らしている。


 先頭の偵察車から小規模集落発見の報告が入った。


 レーネは戦車を車列からはみ出すように移動させ、ロイスは双眼鏡で様子を窺う。


「蟲や菌樹の姿は見えません。人影も見えませんね」

「放棄された集落か? その方がありがたいが」


 ロイス達の戦車の側にシャルホーフ大尉が歩いてくる。


「少尉。ベンゲルフまであと二〇キロほどだ。あの集落で野営を考えているが、陛下のご意見はどうか」


 シャルホーフ大尉の言葉にロイスは一旦砲塔に入って数秒待ち、改めて上半身を出す。


「賛成しておられます」

「わかった。村の状態を確認し、陛下のご宿泊所も見繕う」

「了解」


 偵察中隊の兵士達は兵員輸送車から降りて警戒しつつ村へと入っていく。


 しばらくして、村から偵察車が戻ってきた。


「隊長。住民。家畜共に存在しません」


 偵察車の助手席に座る兵士が告げる。


「廃村か」

「そのようです」

「戦闘の形跡は?」

「見つかりません」

「よし。部隊は野営の準備を行い、お前は陛下の寝所を探せ」

「了解」

「陛下の宿泊所候補へは俺が先導する。陛下にはしばらくお待ち頂く」


 それを聞いたロイスは一旦砲塔の中へ戻る。


「陛下。あの村に人がいない理由について、何かご存知ですか?」

「いや。地図にも載ってない村だ」

「村民全員がエルビング蜂起に参加、というのも考えにくいですね」

「廃村になった理由は不明だが、今夜はありがたく使わせてもらおう」

「ベッドで寝られるなんて久しぶりだぜ」

「熟睡できそうだな」

「さっきの大尉殿は皇女さんの泊まる場所どうやって選ぶつもりだ?」

「警備しやすい村の中央で一番まともな建物を選ぶと思うが」

「火が使えると嬉しいのですが」


 その後、ロイス達は車列後方からやってきた無線車に先導され集落へ入る。


 ロイス達は村唯一と思われる診療所に泊まることとなり、偵察中隊はその近くの役場を拠点に定めた。


 ロイスとウィルはまだ陽があるうちに戦車の転輪や履帯の状態と潤滑油や燃料に漏れが無いことを確認する。


 周辺の建物からは兵士達がベッドや毛布を運び出していた。


 戦車の点検を終えたロイスとウィルは建物へ入る。中ではミラの作るスープの匂いが漂っていた。


「結構最近まで使われていた形跡がありますね。井戸も使えるそうです」

「埃は積もっているが、荒れ果てている感じではない」

「ただ、食料は無く食器もあまりないようです。毛布はありますが」

「食料は出ていく時に持って行ったんだろう。一晩泊まるには十分だ」


 太陽が地平線の向こうに沈む前に、ミラの作った夕食を食べる。


 テーブルで食事するのは久しぶりだ。


 その後は病室にあった桶を使って身体を隅々まで洗い流す。そして着ていた軍服を洗濯すると、別の軍服に着替えて就寝した。

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