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パンツァーヘクセ ~魔法使いが戦車で旅する末期感ファンタジー~  作者: 御佐機帝都
四章 調停する渾天儀(Battle of Luchsvakia)
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18 戦車中隊

 白旗を持ったルクスは肩に下げていた小銃を片手で地面に捨てると、白旗を大きく振った。


 防菌マスクを着けているところから見て、この先の呪林に出入りする機会がある者。つまり闘争なき世界の構成員だろう。


 ロイスは戦車を近くに停めるよう指示した。


「私は闘争なき世界の者である」

「そのようだな」

「聖別者よりロイス・エンデマルクに言伝だ。ダベストリィの火薬塔近くで待つ。ロヴェルト・シュレジェン」

「そのロヴェルト・シュレジェンというのが聖別者の名前か?」

「私は知らない。言伝を述べているだけだ」

「なら目的は」

「それも聞かされていない」

「お前は何故ここに立っていた」

「そう命じられたからだ」


 ……尋問している時間も無い、か。


「セシル、エリーゼ。こいつの武装を戦車の前に置け」


 使者は抵抗することなく武装解除に応じる。といっても武装は地面に捨てた小銃だけだったようだ。


「信号拳銃は持ってなかったわ」

「そうか。見透かされているようで癪だな」


 小銃を戦車の前に置いた二人は砲塔内へ戻る。


 そして戦車は発進し、履帯が小銃を引き潰す音が聞こえた。


 そのまましばらく走ったところでロイスは一旦クラートを止め、雑具箱から地図を取り出し目的地を確認する。


「先ほどの話が現実になったな」

「死地に飛び込むつもりか? ユンカー」

「ウィルとの約束だからな。聖別者を捕まえるチャンスでもある」


 エリーゼの言いたいことはわかる。


 ロイスとて安易に血清が手に入るとは思っていない。


 普通に考えて罠だ。だが、無視したところでウィルは一人で行ってしまう。ウィルを失うわけにはいかない。


 ここはロヴェルト・シュレジェンが聖別者である可能性に賭ける。俺にできるのは戦闘になった際に敵の行動を逆手にとって聖別者を生け捕りにする方法を考える。それだけだ。


「オイラ達の行動がバレてるってことは無いよな」

「無いと思う。俺達の進路がわからないからダベストリィの北から西にかけて歩哨を展開していたんだ。火薬塔というのはダベストリィの北西部だから、単に中間を取ったんだろう」

「オイラが言うのもなんだが、待ち伏せされてるわけだよな。お連れ様はどうする?」

「戦闘になれば排除する。エリカとロヴェルト以外にお前の家族がいる可能性は?」

「無い。オイラが入る前のアシェンハウトとか知らんし」

「なら後は相手の出方次第か。市街に戦車入れたくないんだが、火薬塔は明らかに街の中だな」

「また迫撃砲が飛んでくるかもしれんな」

「だから、入る前に街を巡回する。敵が見えたら確実に罠だ」


 進路を変えて走ること数十分。


 市街が見えてきたところでロイスは停車を指示し、クラートから降りた。


 立体的な布陣が可能な市街地は狙撃兵の天下であり、小銃弾で貫通、破壊されるような車両は使わない方がマシと言われる。


 ロイスは先人の知恵に倣いクラートの放棄を決め、積んでいた木箱を二つずつ戦車の車体後部に載せた。


 クラートは呪林を踏破するうえでは有効と考えていたのだが、そうやって機動力を重視して非装甲車両を街に入れると、銃弾の的になってしまうのだろう。


「落ちないようにゆっくり走ればいいの?」

「そうだ。市内遊覧といこう」


 一日ぶりに戦車の車長席に戻ったロイスはヘッドホンを被りレーネに問う。


「火薬塔とは地図にも載っているが、レーネは知っているか?」

「ああ。塔とは言うが、その両側に城壁もある。三〇〇年前に火薬置き場として利用されたのが名前の由来だ。城壁も含めればけっこう大きいから、近付けばわかるだろう」

「そんなものが残っているとは。古い市街地だな」

「そうだ。だから戦車だと走りにくいと思う」


 ルクスバキア南東部にある温泉都市ダベストリィは国境の街でもある。


 南部はランドワーフと接しており、街の中心から二〇キロ東に行くとスケイルとの国境となる。


 スケイルとの国境は一五〇年前にベルカがルクスバキアを併合した際に確定したものであり、それ以前はもっと西側にあった。


 今目指している火薬塔はダベストリィの西部にあるが、そこが国境線、あるいは最前線だった時代があるのだろう。


「昔エリーゼとダベストリィ行ったけど、火薬塔は見なかったなぁ」

「どのくらい滞在したんだ?」

「二泊だったと思う」

「火薬塔は街の中心から離れている。二泊ならわざわざ行かないか」

「うん。温泉でしか遊ばなかった」


 ルクスバキア東部では温水が沸きだすことが多いが、単に地殻が薄くて地温が高いからという不思議な理由だ。


 エルフェニアやランドワーフの温泉の様に活火山が近くにある方が理屈としてはわかりやすい。


 ダベストリィで四〇度前後の温水が豊富に湧出することは古くから知られていたが、国境に近過ぎるため有効利用が始まったのは最近のことだ。


 東側の経済発展に繋がるという理由で政府の協力も取り付け、街の中心地に温泉や温水プールを売りにした高級ホテルを建て富裕層を呼び込んだ。


 その他スケイル領だった時代の建築物も観光資源とし、モータリゼーションを前提にした区画整理と、軍と共同の空港を設け、観光都市として急速に発展した。


 ただしそれらは街の南北に伸びており、西側は殆ど開発されていないらしい。


 実際に市街に入ってみると、片田舎の小都市だった時代とまるで変っていないのだろう。中世の街並みが広がっていた。


 管理者権限を中心に半径約二五キロに広がる呪林からはギリギリ外れているようだが、遠からず飲み込まれるだろう。


 故に建物だけを残して住人は退去しており、ゴーストタウンと化していた。


「こうして走れば道は覚えられるが、歩兵に追われたら一度街を出た方がいいな」

「そうしてくれ」


 当たり前だが道の幅は狭いし舗装もされてない。事情が無ければ迂回するところだ。


 街へ入ってしばらくしたところで、エンジン音が聞こえてきた。


 乗用車ではない。数百馬力ある力強い音量。それも複数だ。


 闘争なき世界の車両であることは疑いが無い。現実を認めて対処するしかない。


「配置変更。ミラは二号車の車長席へ」


 戦車から降りつつロイスは指示する。


「ウィルは俺と一緒に木箱を全部二号車に載せろ。セシルは軽機を肩に掛けておけ。ミラは指示するまで顔を出すな」

「わかりました」

「カノンはゼアヒルドの退路を塞がないよう気を付けろ。撃たれることはあっても撃つことはない」

「わかった」


 ロイスは対戦車擲弾筒を二本取り出すと砲塔内に戻って小脇に抱えた。


「戦車前進」


 そしてロイス達は音のする方に向かう。


 火薬塔はすぐにそれとわかった。


 建物自体が黒くて周囲から浮いているというのもあるが、四両の戦車が手前に並んでいる。


 八号装輪戦車グレスドール。エンジン音の正体だ。


 各車両の車長用キューポラと装填手ハッチからは軍服を着たルクスが顔を出している。


 臨戦態勢と見ていい。しかし今のところエンジン音は前方からしか聞こえないので、包囲される雰囲気は無い。ここは、ウィルに任せよう。


 ロイスがそう思った時、隣のウィルが口を開いた。


「ロヴェル兄。兄貴が聖別者なのか?」

「そうだ。久しいな。ウィル」


 一人のルクスが返答した。


「オイラは、何故なのかを知りたくてここに来た」

「そうか。ならば、先にそれを話そう。隣のエンデマルク少尉も聞いて欲しい」

「邪魔をする気はない。所属と階級から述べて欲しい」

「元、第一〇六擲弾兵師団所属、シュレジェン大尉だ」


 大尉か。階級的には中隊長相当であり、そうなると戦車は最大で八両程度。


 ロイスは黙る事で話を促す。


「俺の目的は管理者権限によって戦争の無い世界を作ること。噓偽りは無い」

「やっぱり、エリカ姉みたいに東部戦線で嫌な思いしたからか?」

「その通りだ。エリカとはエルビング蜂起で再開した。初めから民間人を巻き込む予定だったベルカ軍上層部にも、それを受け入れたルクスの将校達にも失望した」

「戦争があるから人が悪魔になるってことか」

「その通りだ。ミネルは味方の命を顧みてはいなかったし、スケイルとて我が身のためなら何でもやった。つまりベルカだけが滅んでも不十分。戦争の撲滅が必要だ」

「わかるよ。オイラも東部戦線には戻りたくない。あそこは血生臭過ぎる」

「俺としてはお前も参加してくれると嬉しい。だが、エリカの誘いは断ったそうだな」

「引き換えにと言ったら変かもしれねぇが、兄貴の血が欲しい。勿論オイラはここに残る」

「それはできない。ウィル」

「それがわからねぇ! 戦争も無くして、胎生人類の命も救ったらいいじゃねぇか! そしたらマジで尊敬するぜ!?」

「管理者権限は永遠ではないからだ。抑止力による一時的な平和。その間に呪林を増やし、各民族を分断する。戦争は不可能となるだろう」

「それだと、オイラ達の世代は災菌でたくさん死んじまうじゃねぇか! ルクスだって死ぬんだぜ? 戦争で死ぬのと何が違う!」

「ウィル。俺達はドゥイニスクで育ったが、文明は住人を幸せにしたか? 公害と格差を生み出す割に満足はできず、ベルカは食料を求めて東方に攻め込んだ。殺し合いに発展する文明は無くてもいい」

「ロヴェル兄はこれから災菌で死ぬ人間を見殺しにしてるんだぜ?」


 ウィルの口調は勢いを失っていた。説得は不可能と悟ったのかもしれない。


「お前の言う通り、災菌で死ぬのも戦争で死ぬのも変わらん。だが、前者は恒久的な平和に繋がる。将来の人口が減ることも食料問題の解決になる」

「呪林の広がりは、災菌で死ぬことは無い卵生人類に有利じゃないか? 胎生人類が卵生人類に滅ぼされたら、流石にそれは取り返しがつかない喪失だろ」

「数百年はそうならないよう、呪林で領土を分断し、卵生国家にも砲撃を続ける。そのための胞子弾頭だ」

「本当に、未来しか見てないんだな」

「そうだ。だが、無秩序な殺戮は好まない。呪林は破壊を禁止すれば自然に広がる。文明もゆっくりと後退する。そして平和は維持される」

「その未来は兄貴を聖別者にした奴が言ったことだろ? 血液くらいくれたっていいんじゃねぇの?」

「いいや。やはり人類は災菌を克服してはならない」

「……言われたことを守らないと、管理者権限が止められちまうとか?」

「抑止力を最大化するため管理者権限の詳細は話さない。だが、時間が経てば話すことができる」

「でも血清はくれないわけだ」

「何故そこまで血清に拘る?」

「治療薬ができればたくさんの人が救えるだろ」

「それは次の戦争で死ぬ人間を増やすだけだ」

「そうか……じゃあ今度はオイラ達をここに呼んだ理由を話してくれよ」

「一つはウィルを仲間に引き入れるためだ」

「オイラが断って、はいさようならってわけにもいかないんだろ?」

「その通りだ。ではもう一つの目的を述べよう。エンデマルク少尉およびそれと行動を共にする者達に決闘を申し込む」

「……決闘だと?」


 少しの沈黙の後ロイスは訊き返す。


「そちらが勝てば、俺の血を好きなだけ持っていけばいい」

「内容は?」

「戦車戦」

「断っても撃たれるんだろうが、そもそも決闘と呼べるのか? 戦力は不明で、あんたも、エリカも魔法が使えるだろう」

「君は高名な貴族だ。戦争の原因たる貴族と戦ってみたい。故に魔法は使わない。そちらが使わなければ、だが」

「立会人も無しに決闘だと? そっちは歩兵を隠しているかもしれないし、戦車の数だって違うだろうが。俺達を街の外まで見送ってくれたら、ウィルは置いてってやるよ」

「君達を帰すわけにはいかない。投降は認めるがね。だがせっかくなら決闘を受けて欲しい」

「決闘というならせめて言質は欲しいところだな。歩兵はいないのか? そっちの数は?」

「黙秘する。君達を帰すつもりはないのだ」

「その割に決闘とは迂遠だな」

「かつて憧れたこともあった貴族の気高さと騎士道精神だが、東部戦線ではついぞ見かけなかった。元から無かったんだろうが、あるならそれを見せてほしい。最後になるだろうからな」

「開始の合図は」

「貴族として決闘を受けると言え。それから五秒待とう」


 思想への異論はたくさんあるが、今はいい。


 敵の企みはわかった。後はそれをいかに打ち崩すかだ。


「砲塔を回す時間が欲しい。十秒だ」

「手を打とう。少尉」

「決闘を受けよう。大尉殿!」

「……全車、戦闘開始!」

Tips:エルビング蜂起

 四四年八月にスケイル共和国の首都エルビングで起こった武装蜂起。

 ベルカ軍占領下のエルビングは東部戦線の重要な後方拠点となっており、ミネル捕虜とスケイルが働く工場群が形成されていた。

 大戦初期にはベルカに協力するなら衣食住を保証するという建前だったが、胎生枢軸の戦況悪化に伴い待遇は悪化していき、スケイル労働者の不満が高まっていた。

 そしてスケイル東部を占領したミネル石軍がスケイルに共闘を呼び掛けたことが、蜂起の直接的原因となる。

 胎生枢軸が敗走しているとの情報や物資と食料の供給が停止しつつある事実から、エルビングのスケイル達はベルカ軍の撤退が近いと判断し、レジスタンスを組織して反乱を起こした。

 蜂起初日に数万人のレジスタンスが街の主要施設を占領。街の外からも増援が到来したことで規模は十数万に膨れ上がった。

 しかしこの動向はベルカ軍に漏洩しており、ベルカ軍は鎮圧の準備を整えていた。

 蜂起によって大義名分を得たベルカ軍はランボック作戦を発動。その目的は敵軍に何も残さないことだった。

 レジスタンスが持つ武器は捕虜監視用に渡されていた僅かな銃器とゲリラが持ち込んだ雑多な小火器が全てだった。

 対する鎮圧部隊の主力はルクスバキア軍でこれが初陣という部隊も多かったが、経験不足など問題にならないほど装備の格差は圧倒的だった。

 数の優位を利用して包囲を試みるレジスタンスであったが、こうした行動は上空に陣取るベルカ軍飛行艦隊によって捕捉され、地上部隊に通報された。

 ミネル石軍にレジスタンスを助けるつもりがない事を看破していたベルカ軍はこの戦いを大規模市街地演習と捉えており、わざと戦いを長引かせて街を徹底的に破壊した。

 一〇月初頭にレジスタンスが降伏した時にはエルビングに戦略的価値は無くなっており、間もなくベルカ軍は撤退。その後ミネル石軍が進軍し街を『解放』した。

 この事象についてランボック作戦の指揮官はミネル石軍との奇妙な利害の一致と表現している。

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