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パンツァーヘクセ ~魔法使いが戦車で旅する末期感ファンタジー~  作者: 御佐機帝都
四章 調停する渾天儀(Battle of Luchsvakia)
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16 戦利品

 西部倉庫の拠点に戻ると、待っていた仲間達が笑顔を見せる。


「ロイス、無事で良かった!」

「察したと思うが、ヴィオさんが闘争なき世界のスパイだった」

「え、そうなの!?」

「姿が見えんのはそういうことか」

「不信に思ったウィルが突き止めた」

「そうか。ウィル、礼を言うぞ」

「何があったかアジトの子供達に説明する」

「わかった。ウィルは休憩」

「ありがとな」


 灰かぶりの家の二階からは何人かがこちらの様子を伺っていた。


 彼らも突然の戦闘で動揺しているだろう。


 そしてウィルにも、心を整理する時間が必要だ。


「ヴィオさんがスパイとは……説明がつく点は多いが、さして疑っていなかった」

「俺も同じだよ。だが、ウィルの話じゃ、再開した時から昔と喋り方や声の高さが違ったらしい。それでウィルは公安を欺いているんじゃないかと疑っていたらしい」

「ウィルじゃなきゃ気付けんな。今回の襲撃にしたって、ヴィオさんが死ぬ可能性はあったろう」

「まず名前から嘘だった。公安を殺して身分を乗っ取っていたんだ。襲撃においても、自分を巻き込んで良いと指示してあったらしい」

「闘争なき世界の思想に殉じているというわけか」

「ふはは。理想的な諜報員ではないか」

「実際只者じゃない。魔法使いだったしな」

「そこまでするなら何故ロイスを殺さなかったんだろうな。私はそれだけで救われた思いさえする」

「残念ながら再び出くわす可能性は高いから、説明しておく。本名はエリカ・マリコットというらしいから、以降は本名で呼ぶ」


 こうしてロイスはウィルがエリカの拠点を突き止めたところから説明を始めた。


「話を聞いてると、敵だけど悪い人じゃない気がするね」

「俺もそう思う。災菌感染の治療薬に協力してくれない理由以外は説明してくれた。理解できないという感じではない」

「治療薬が一番重要なところだがな」

「でもエリカさんに家族を不幸にしないっていう気持ちがあるなら、聖別者とも話はできそうじゃない?」

「そうしたいのは山々だが、もうそれは期待してない」

「甘いかな」

「今回の聖別者も常人とかけ離れた価値観で動いている可能性が高い。エリカの闘争なき世界での立ち位置もわからんし、側近が常識人でもトップがそうとは限らん」

「そうね。エリカさんが味方になってくれたとしても、どこまであてになったかはわからないわね」

「この後、どうするつもりだユンカー」

「管理者権限を奪取の準備をする」

「奪取の準備とは?」

「まずウィルの案内で管理者権限の復旧可能箇所を破壊する。その後脱出し、軍を出して管理者権限を占領する。そうなってから聖別者が血液の提供を申し出るならそれでいい」

「待ち伏せされてるわよ。危険じゃない?」

「そりゃな。だが呪林に入ってしまえば魔法使い以外は追ってこないだろう。阻止するために聖別者が直々に出てくる可能性もある」

「だが、待ち伏せが予想される場所は迂回するのだろう?」

「迂回する」

「なら本当に管理者権限にたどり着いてしまうかもな」

「不確定要素が多いのはユルコヴィツェの時と同じね」

「エルフェニアでもそんな感じだったぞ」

「やってることは尋ね人だからな……どうしてもそうなる」

「まぁロイス君なら、無茶な選択はしないと信じてるわ」

「ありがとう」

「カイザー。皇帝の視点から意義は無いのか?」

「私はロイスについていくだけだ」

「訊く相手間違ってるよ」

「余としたことが。怪我をしたメイド、貴様は良いのか?」

「私はレーネ様のメイドでありロイスさんの戦車砲発射装置です。意見は持ちません」

「だからさ」

「いや、カノン、言うな」

「はいはい。因みに私は一緒に行くよ。今までだって何とかなったんだし。最悪捕まっても殺されはしないよね」

「そうね。行けるところまで行ってみましょうか」


 カノンの楽観思考が、今はとてもありがたい。


 今更レーネを会議室に戻しても仕方ないのだ。何としてでも治療薬が欲しい。その可能性がある限りは進み続ける。


「ふはは。余も同行してやろう。砲手が必要だろうからな。だが、報酬は頂く」

「そりゃ勿論だ」

「管理者権限が手に入ったら、それを余に寄こせ」

「金と名誉で手を打て。もうソダリータスはマフィアやる必要ないだろ」

「ふん。まぁ、得体の知れぬ力など余の好みではないか」


 管理者権限をそっくり手に入れることは世界を支配できることを意味する。


 戦争目的であった東方生存圏の再確保も容易だろう。


 しかし実際にはそこまで有効活用しない、できないだろう。


 闘争なき世界に管理者権限を与えた何者かの力が無ければ、実運用はできない可能性がある。初めはできたとしても、突如機能停止するかもしれない。


 そして未知の存在の干渉が無くとも、故障したら直せない点は変わらない。


 管理者権限が手に入ったからといってすぐに停戦破棄とはならないし、それに頼った外交策も取りづらい。


 状況は確実に好転するが、存在価値は未知数だ。


 今は単に聖別者と俺達を結び付けるキーアイテムと考えて良いだろう。


「じゃあ出発の準備をするか。といっても、後は履帯の交換くらいか」

「予備履帯を使う? それとも撃破したモルガンもどきから取り外す?」

「予備履帯だな。モルガンもどきのはどれだけ摩耗してるかわからんし」

「そうね。なら、始めましょうか」


 ロイスとセシルは力を合わせて切れた履帯を取り外し、砲塔に付けていた予備履帯と交換する。


「よく見たら転輪にも穴あいてるじゃねぇか」

「対戦車銃に撃たれたのね。そこしか貫通しないから」

「サイドスカートは役に立ったな。しかし予備転輪が無い」

「エリカさんの拠点にあるかもしれないわね。モルガンもどきのために」

「あったら持ち出して次の野営で交換するか」

「砲閉鎖機、駐退復座機に異常はありません」

「お前の傷は?」

「軽傷です」

「そうか。もう少し右に逸れてたら危なかったな」


 ザウコフ型防盾の右側が抉り取られ、端の方は砲塔の正面装甲に穴を開けている。


 内部に飛び散った金属片は僅かであったため、ミラは額を切るだけで済んだのだろう。


「それと、ご覧の通りですが雑具箱の多くが損壊しています。日用品を優先するため、食料のいくらかは放棄するしかありません」

「ウィルの家族にくれてやろう。巻き込んでしまったお詫びには足りないだろうがな」

「はっはっは。こちらも乗員が一人減ってしまったがな」

「そっちの補充は難しいな。まぁセシルが二人分くらいあるから」

「買い被りじゃない?」


 破損の酷い雑具箱にジャガイモやキャベツを入れて灰かぶりの家の玄関に置くと、ロイス達はエリカが拠点としていた倉庫へと移動した。


 シャッターのあった入口付近は床が抜けているので反対側に戦車を停めて壊れた壁から中に入る。


 酒場の倉庫としては不自然なほど広い。エリカに殺害されたヴィオ・フェルベリンも公安の拠点にしていたと思われる。


 中の様子を伺うと、樽や木箱が置かれた棚の奥に装軌式オートバイが置いてあるのが見えた。


「お、クラートあるじゃん」


 そう言って近づいたロイスは操縦席両側にある燃料タンクの蓋を開け、中を確認する。


 臭いと液面の高さから、十分な量のガソリンが入っていることがわかる。


 ロイスがエンジンをかけると、大きな音を立てて始動した。


「ロイスはそれで移動するのか?」

「物資の運搬に使える。後はこの倉庫にどれだけの物があるかだが」

「悪ぃ。遅くなった」


 ここでウィルが顔を出す。


「今何をしてるところだ?」

「役立つ物を探してクラートに載せる」

「あいよ」


 ロイスとウィルは崩れ落ちた床から階段に飛び降りて地下へ行く。


 地下室は一階ほど広くは無かったが、樽やワインボトルが保管してあり、それ以外にも木箱がいくつか置かれている。


「このワイン貰ってくか」

「飲酒運転は駄目だぜ」

「料理用だな」

「ロイス。この木箱、対戦車擲弾筒だぜ」


 そう言いながらウィルが木箱を開ける。中には対戦車擲弾筒が四本入っていた。


「これ全部対戦車擲弾筒か」

「一六本あるな」

「使い捨てのタイプか。訓練で使ったことあるな」

「オイラは実戦で撃ったことあるぜ」

「よし。持って行こう」


 ロイスとウィルは木箱を部屋の中央まで移動させる。


「あとは、あそこにあるのは対戦車銃か」

「持ってくのか?」

「何かの役に立たないか」

「擲弾筒あるなら要らないだろ。第一誰が使うんだ?」


 この対戦車銃が初陣の段階で通用しなかったことはロイスも知っている。


 闘争なき世界が使っている鹵獲T-40を撃破できる可能性は絶無と言っていい。


 全く実用的ではない。対戦車銃は置いていくことにしよう。


「後は、迫撃砲か」

「クラートで牽引できるか?」

「トレーラーは見当たらなかったし、使う人手もないしな」

「まぁオイラ達は歩兵じゃないからな」

「ウィル。魔法で上げてくれ」

「あいよ」


 土魔法によってロイスとウィルは木箱と共に一階へ上がる。


「その木箱は、対戦車擲弾筒か?」

「ああ。途中で何か壊さないといけなくなったらこれを使おう」

「役に立ちそうなのはそれくらいか」

「ああ。一階には何かあったか?」

「モルガンの転輪はあったが、そのくらいだ」

「転輪くらいならクラートに積めるかな」


 レーネにそう返しつつ、ロイスはウィルと一緒に木箱を運ぶ。


 そしてクラートの車体後部に四つの木箱を載せて崩れないようロープで固定すると、操縦席の運転席の後ろ左右の収納部に転輪を入れる。


「そこのワインは弾薬庫に入れといてくれ」

「わかりました」

「ねぇ。酒場なら保存食もあるんじゃないの?」

「あるかもしれないが、この街はさっさと出よう」

「そっかぁ。まぁこの先の街でも買えるよね」

「呪林に入る前に補給する。出発するぞ」

「はーい」


 レーネとカノンが戦車の操縦席に戻り、ロイスも灰黄色に塗装されたクラートの操縦席に座る。


 そして右手でハンドルのアクセルを捻ると、クラートは前進を始めた。


 続いて左足でクラッチを踏み、左手でシフトレバーを倒すと一速から二速に切り替わる。


 クラートと呼ばれるだけあり操縦感覚はバイクとほぼ同じだ。ただ、エンジンの回転数を上げるとかなりうるさい。


 遊びで使うとしても、全速でかっ飛ばしたくなる車ではなさそうだ。


 ロイスはクラートを倉庫から出すと東に向けて走行を開始。二両の戦車がそれに続いた。

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