15 秩序憲兵
それに一瞬遅れ、ロイスも拳銃を構える。しかし、撃てなかった。ウィルはそれを望んでいない。
「拘束されるわけにはいかない。私を人質に聖別者を呼び出す目論見かもしれんからな」
こいつ、自白しやがった! ウィルの気遣いなんかどうでもいいってのか!
「銃を降ろせば、聞かなかったことにする」
「残念ながら私の方はネタ切れでね。これ以上お前達と行動を共にする意味は無い」
「そうか。ビストリナヤで襲われた時から、あんたが手引きしてたのか」
ロイスも、エリカを推定無罪で押し通すのは諦めた。
「そうだ。事前にウィルから乗員配置は聞いていた。だからドワーフとエルフが乗っている方を狙えと指示した」
「その後の議事堂襲撃は?」
「あれは偶然だ。動きは知っていたが、利用できるものではない」
「道中俺達を殺さなかったのは?」
「ロイス、お前さえ死ねばG-2が崩壊することはわかっていた。だが殺さない事にした。ウィルが悲しむからだ」
「この街での襲撃を朝まで待ったのは?」
「アジトの子供を巻き込まないためだ」
「優しいんだな」
「今となっては思い上がりだった。一つ教えて欲しい。何故屋根の上に登って周囲を確認した?」
「街を出る間際に襲われるかと思ったからだ。迫撃砲が見えるとは思わなかった」
「ははは。そうか。まともに戦っても勝ち目が無いから戦車だけ潰そうと考えたが、仇になったか!」
「対戦車に偏り過ぎたな」
「工場労働者に旧式銃を与えたところで戦力にはならないだろう」
「だが迫撃砲の照準は正確だった。戦車だって、稼働状態を維持していた」
「それらは元軍人だ」
「あんたはセシル達の戦車に乗っていた。だが敵は砲塔を狙ってきたと聞いたぞ」
「私を巻き込んで良いと指示を出していた」
「マジか……。そのせいで俺はあんたを疑いきれなかった」
「合理的だろう? 遺憾ながら戦車に動かれた時点で失敗を確信していたからな」
言葉では負けを認めているが、この女の鋭い目の奥には強い意志の光が宿っている。
口元には笑みを浮かべ、降参や諦観の意志は全く感じられない。
「ウィル。この女の正体を、訊いてもいいか」
「……ああ。全て喋ったら、罪は軽くなるかな」
「あんた、何故ヴィオ・フェルベリンと名乗った。ウィルがこの倉庫にたどり着いた原因だ」
「ヴィオ・フェルベリンという公安を殺害してなりすましたからだ」
「本人と知り合ったのは憲兵時代か?」
「そうだ。お互いこの街の出身だった」
「何故公安になりすました。いつから俺達の動きに気付いた?」
「元々は公安の動きを探るためだった。管理者権限を停止させたのがウィルだったから、私がスパイになっただけだ」
「元いた領邦警察に戻るのでは駄目だったのか?」
「オイラが聞きたいのはそこじゃない!」
ウィルが会話を遮った。
「ふふ。私が闘争なき世界に入った理由だな」
「そうだ」
「女子秩序憲兵の仕事は市街地の治安維持。私が赴任した当時既に食料の収奪は限界で、ミネル捕虜が最底辺、次にスケイルの労働者、頂点にベルカ軍という世界ができあがっていた。ベルカに協力するなら命は保証するという建前のはずだが、ルクスがスケイルに渡す食料は明らかに少なく、餓死したミネルを毎日スケイルが埋めていた」
「卵生人類に同情して、か」
「多くのルクスがそうであるように、スケイルやミネルにさして同情はしていない。ベルカの領邦とならなければ、スケイルかミネルに国土の半分は取られていただろう。三年半前も、攻めてきたのは向こうの方だ」
「ならなぜ、管理者権限で胎生人類も攻撃する?」
「今年の春ごろから、レジスタンスの活動が活発になった。それらを鎮圧する必要があるのに、戦闘部隊は前線に引き抜かれた。そして女子秩序憲兵は増員され、現場活動も命じられるようになった」
「総務部というのも嘘だったか」
「嘘じゃない。パルチザンの掃討など管轄外だ」
「だが、命令には従わざるを得なかったと」
「舐めるなベルカン。上官は適当な原住民を殺して討伐数に計上するよう命じたが、私は拒否した。志願組はともかく増員された新兵達には機関銃を扱わせる事すら危険だと答えた。意外にもお咎め無しだったよ」
「上手い理由付けだ。あんたは頭が回るな」
「七月に、生き残ったミネル捕虜を本国に移す命令が出た。その時の捕虜の数は、スケイルの申告数より遥かに少なかった。彼らはその分の食料を横領していたのだ。最終的に、工場群はレジスタンスもろとも全て消し去るよう命令が出た。市民を殺して回る部隊を憲兵として止める立場だったが、無意味であると悟った」
「ベルカとしても戦争はもうやめたい。あくまで災菌感染の治療薬が作りたいだけだ。その方が多くの命を救えると思うが」
「ウィル。私が闘争なき世界に入った理由はわかったろう。私と一緒に来い。一緒に戦争の無い世界を作ろう!」
「エリカ姉の気持ちはわかる。オイラも前線で死ぬ目にあった」
「ならばこれ以上の説明は不要だな。戦争だから! スケイルも、ミネルも、ルクスも、ベルカンも、残虐非道な行為に走る。戦争が人間を悪に変えるのだ!」
「エリカ姉の言うことはわかったよ! でもなんで治療薬作りに協力してくれないんだ!? どうしてだよ!」
「別に今の仲間と戦う必要は無い! 管理者権限があれば停戦は維持できる。もうあの地獄は現れない!」
「わかった! オイラは闘争なき世界に入る! だから聖別者の血清をくれ! そのために、今までずっと戦ってきたんだ!」
ロイスは押し黙った。
ここでウィルを失うのか。しかし、治療薬は胎生人類の悲願だ。やむを得ないか。
「それはできない。聖別者はそれを望んでいない」
「世界平和って言いつつ、病気で死ぬ人間はお構いなしかよ!」
「私達は万能ではない。戦争を無くす。それだけが望みだ」
「だったらせめて、砲撃を止めてもらえる具体的な条件を教えてほしいものだがな」
「それもまた、戦争の無い世界に必要な事だ」
「だったら、オイラは仲間にはなれねぇ。エリカ姉は聖別者を見つけるのに協力したことにする」
「それしかねぇな。両腕を後ろに回せ」
エリカの持つ警察用拳銃は知っている。
ロイスの愛用拳銃とメーカーは同じだが、口径が小さい。
反動が小さく女性にも扱いやすいが、その分威力も低い。
俺を撃っても一発では殺せない可能性が高い。そして二発目は無い。
そう考えるロイスの予想通り、エリカは拳銃を手放した。
「お前は実に聡明だ。ウィルが信頼を寄せるだけの事はある」
「セシル。縛れ」
「だが、甘さは捨てきれんようだな!」
腕を下げた袖口から銀製ナイフが滑り落ち、エリカの右手に収まった。
いつから持ち歩いていたのか。それすらわからない。
またしても先手を取られたという現実があり、エリカの龍属性魔法が発動する。
エリカの周囲に剛龍鉱の金属粒子が湧き出るように出現した。
セシルが軽機関銃を発砲する中、ロイスは拳銃をしまい銀製ナイフを取り出す。
赤黒い金属粒子はエリカを完全に囲い、銃弾を弾き返す。
ドラジウムは重金属。非常に硬いが不安定で、数秒で崩壊する。
故にすぐにエリカは姿を現す。そう考えたが、ドラジウムはその半径を拡大しつつ増加。天井を突き破って崩落させる。
――デュアルスキル『崩壊制御(Armoredragoner)』
自身と魔力影響下にあるドラジウムの原子崩壊を制御する能力。
エリカが龍魔法の特性を覆す能力を持っていると判断したロイスは、ドラジウムの壁に向けて黒い魔法を発動した。
黒い球体はちらちらと瞬きながらドラジウムを飲み込んで前進し、貫通すると反対側の龍魔法も突き破る。
そこにエリカの姿は無かったが、今のは小手調べ。
現状では生け捕りが理想。ロイスの魔法が当たれば確実に殺害となる。
セシルも軽機関銃の発砲を止め、雷魔法を発動して落下物を静電気力で受け止め、ドラジウムの壁に向けて射出しているが効果は無い。
さて、どう出る。
エリカの魔導武器は銀製ナイフでこちらと同じ。魔法を使えば発熱し、体力を消費する点も同じだろう。
戦闘能力が互角と見るならこちらは三人であり、こちらが最低限の魔法で対処していれば先に力尽きるのは向こう。
長期戦なら望むところだが……。
「ウィル! 私の仲間になる事も、私を止める手段の一つだぞ!」
龍魔法の向こう側からエリカの声が聞こえ、ロイスとセシルの正面に現れたドラジウムが杭を打つように床を破壊した。
地下があったのか!
土煙と共に地下へ着地したロイスだったが、エリカの姿は見えない。
すぐにウィルが発動した土魔法によってロイスは一階と同じ高さに浮上する。
すると龍魔法が壁を破壊する様と、崩落を免れた部分に停められたバイクに跨るエリカの姿が一瞬見えた。
「ならば俺達は管理者権限を貰う! 戦争を止める力は俺達のものだ!」
逃亡を阻止できないと判断したロイスはエリカの背に向けて叫ぶ。
対するエリカは銀製ナイフの先をロイスに向けると、遮蔽に使っていたドラジウムが消失し、代わりに細長く赤黒い矢が放たれた。
ロイスは黒い魔法でそれを防ぐも、その間にバイクが走り出す音が聞こえる。
ドラジウムは完全に消失し、ロイスとセシルは残った一階の床へと移動した。
壁際には、バイクを見送るように横を向くウィルの姿があった。
「すまねぇ。攻撃できなかった」
「いいさ。生け捕りできる状況じゃなかった」
「いや、バイクを横転させりゃよかった」
「反撃されていた可能性もある」
「あの人、魔法使いだったのね」
「ミラは銀製ナイフの予備が減ったとは言ってなかったがな」
「魔法を使う時はそうしてるってオイラが話したんだ」
「持参か。そりゃ気付かん」
「オイラは……撃つべきだったかな」
「家族は撃てないだろ。俺がウィルを撃てるかと言われると、な」
「そうか。ありがとな」
「拠点に戻ろう」
「皆心配してるわよ」
壁に開いた大穴から出た三人は周囲を警戒しつつ仲間の元へ歩いた。
Tips:女子秩序憲兵
大戦後期、深刻な兵員不足に陥ったベルカ軍は通信、鉄道、治安維持業務において女性兵士の活用を決める。
うち治安維持業務においては警察組織に募集がかけられ、当初は完全志願制であった。
ただし軍隊における憲兵とはエリート兵科であり、ベルカ軍でも例外ではない。
ベルカ陸軍の野戦憲兵になるには、歩兵の志願者が過酷な選抜試験を受けるのが正規の流れであり、しかも戦闘部隊と共に前線に留まる必要性から補助要員では務まらない事も事実だった。
そこで任務を後方占領地の交通管制や治安維持に限定した新たな組織を設けることになり、秩序憲兵と名付けられた。
特に婦警出身者で構成された部隊は女子秩序憲兵と呼称され、事務仕事を主とし勤務地は後方都市部に限定されるよう配慮されていた。
しかし更に戦況が悪化すると女子秩序憲兵も『敵兵との戦闘が予想されない任務』であれば投入して良いと拡大解釈され、パルチザンの逮捕や処刑など残酷な警察活動を命じられるようになり、強靭な精神力が要求された。
更には命令違反者や脱走兵の処刑も行ったという噂があり、俗悪な魔女という俗称も存在する。
秩序憲兵は四四年一二月に解散し、兵員は警察へ復職した。




